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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第10章 不要と捨てた魔導師に頭を下げに来る元婚約者

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第69話 立場の逆転 

 謁見の間へ続く廊下は、いつもより静かだった。

 静か、というより、音が硬い。靴音も衣擦れも、石壁に吸い取られずに跳ね返ってくる。


 私は案内された別室の窓辺に立ち、遠くの空を見た。

 冬の光が薄い。けれど、城壁の外に広がる防衛線の光は強い。グラナ式多重結界の、あの白い輪郭だ。


「落ち着かない顔だ」

 背後から、短い声。


「落ち着いていますよ。たぶん」

「たぶん、で言い切るな」


 セイジュはいつも通り、感情の起伏を見せない。黒いローブの襟元だけが、ほんのわずかに揺れている。

 その揺れが、私の心拍と同じくらい速い気がして、勝手に苦く笑った。


「来ましたか」

「もう城門は通った。次は陛下の前だ」


 来ると分かっていたのに、胸の奥がきしむ。

 昔、魔力の鎖が鳴るような違和感を覚えた日がある。あれと似ている。理屈ではなく、身体が先に知ってしまう痛み。


 アストリアの特使団。

 つまり、レオンとリリアナと、私の父。

 そして、あの国の命そのもの。


 別室は、謁見の間と細い導線で繋がっている。壁越しに声は届かない。だが魔力なら、届く。

 私は指先を軽く曲げ、室内に張られた小さな遮音結界の縁をなぞった。


「聞こえますか」

「音は要らない。空気だけで十分だ」


 セイジュの言い方は、相変わらず物騒だ。

 けれど、その物騒さが、今はありがたい。


 私たちは、魔力を細く伸ばして、謁見の間の気配をなぞった。

 そこには、剣先みたいに張りつめた緊張と、冷たい礼儀と、焦げた焦燥が混ざっている。


「……重いですね」

「当然だ。頼みに来る側は、いつだって重い」


 私はうなずきながら、もう1度窓の外を見た。

 あの結界は、壊れない。壊させない。そういう設計にした。

 けれど、遠い空の向こうで、別の結界が裂けている。


 助けを乞われるのは、私ではない。

 世界が、だ。


 扉の外で足音が止まり、控えの兵が一礼だけして去った。

 合図。謁見が始まったのだろう。


 私は背筋を伸ばす。

 この部屋は観客席ではない。次の手を決める場所だ。


「アレクシス陛下は、簡単には首を縦に振りませんよね」

「振らない。だからこそ、王だ」


 セイジュは壁に背を預け、腕を組んだ。

 その姿だけで、盾の前に立たれている感じがする。私が守る結界の内側に、さらに結界が1枚増えるような。


 謁見の間から、魔力の波がわずかに揺れた。

 あちらで誰かが頭を下げた。きっと、形式的な挨拶の最初。


 私は目を閉じ、波の揺れを数で捉える。

 魔力は嘘をつけない。波の幅、震え、息の乱れ。焦りは必ず漏れる。


 息を吸う。

 吐く。


 そして、思い出す。

 玉座の間で、私を指さした人の顔。

 あの日の私は、背中を向けて扉を閉めた。もう戻らないと決めた。


 なのに今、戻らないまま、関わろうとしている。

 矛盾ではない。成長だ。たぶん。


「アリア」

「はい」

「今、何を考えている」


 セイジュの問いは、いつも正確で逃げ道がない。

 私は少しだけ間を置いてから、正直に言った。


「会ったら、きっと、私は優しくしてしまうと思います」

「それは悪いことか」

「悪いことではありません。でも、危ないです」


 個人の優しさは、政治の場では刃になる。

 私が情に流れた瞬間、世界の安全保障が私の気分で左右される。

 そんなことを、私は許せない。


 また、波が揺れた。

 今度は、硬い。言葉が刃になっている。


 ユリウスだ。

 あの人の魔力は、いつも整っていて、容赦がない。書類の角みたいに、鋭い。


 私は小さく笑う。

 ユリウスはたぶん、こう言っている。

 これは二国間問題ではない。世界の話だ。だから、過去の経緯を隠すな、と。


 隠したまま助けを求めるのは、都合がいい。

 都合がいい救いは、必ず歪む。


「ユリウスが刺してる」

「刺すのが仕事だからな」


 セイジュが淡々と言う。

 でも、その声は少し低い。怒っている時の低さだ。


「セイジュ」

「分かっている。俺は、今は動かない」


 動いたら終わる。

 謁見の間が、文字通り焼ける。


 また、波が揺れた。

 今度は、揺れが小さいのに、深い。腹の底からの屈辱だ。

 王族特有の、あの誇りが折れる音。


 レオンが、頭を下げたのだろう。


 私は、瞼の裏でその光景を想像しないようにした。

 想像した瞬間、私は個人の物語に戻ってしまう。

 今日は、世界の話をする。


「……来るべき時が来ただけです」

「そうだ」


 セイジュは私の隣に立ち、窓の外を一緒に見た。

 視線の先にあるのは、結界の光と、遠い山脈と、その向こうの闇。


「アストリアの大結界は、もう限界です」

「分かっている」

「でも、私が直接触れれば、また同じになる」


 私が魔力を差し込めば、あの国はまた私に依存する。

 依存は甘い。甘いものは、やがて毒になる。


 私は唇を噛み、言葉を選ぶ。


「助けるなら、仕組みを変えなければいけません」

「だから、おまえは会議を開かせる」


 セイジュが言い当てる。

 私は頷いた。頷くしかない。


 謁見の間の波が、少し緩んだ。

 交渉が第一段階を終えた合図だ。挨拶と状況説明の入り口は通った。


 次に来るのは、核心。

 どうしてここまで崩壊したのか。

 誰が、何を見て見ぬふりをしたのか。

 そして、誰を捨てたのか。


 扉がノックされる。

 控えの侍女が顔を出し、そっと言った。


「主任。宰相閣下より、後ほどご報告があるそうです」


「分かりました。ここで待ちます」


 侍女が下がると、室内がまた二人だけになる。

 私は自分の手のひらを見た。淡い光がにじんでいる。魔力の熱だ。

 怒っている。怖がっている。どちらも本当。


「会うか?」


 セイジュが、唐突に聞いた。

 その短さが、優しさだと分かる。私が揺れているのを、見抜いている。


「……まだです」

「理由は」

「条件を整えてから」


 私は言い切った。今度は、たぶんを付けない。


 会うなら、私が勝手に優しくならない場所で会う。

 私の優しさを、世界のために使える形に整えてから会う。


 セイジュは一瞬だけ目を細めた。

 それは笑みではない。確認だ。覚悟の確認。


「分かった。なら、俺が時間を稼ぐ」

「燃やさないでくださいね」

「燃やさない。……必要なら、凍らせる」


「どっちも危険です」


 言い返すと、彼の口角がほんの少しだけ上がった。

 その小さな変化に、胸の奥のきしみが、少しだけほどける。


 扉の向こうで、足音が近づく。

 ユリウスだろう。紙の束みたいに整った歩き方が、魔力の波に出ている。


 私は椅子に座り、背筋を伸ばした。

 今から聞くのは、他人の謝罪ではない。

 世界を守るための、請求書だ。


 そして私は、それに値札を付ける側にいる。


 扉が開く。

 ユリウスが入ってきて、いつものように涼しい顔で言った。


「お待たせしました、主任。さて、まずはアストリア側に1つ、質問です。彼らはどこまで真実を語るつもりでしょうね」


 私は、静かに息を吸った。


「語らせましょう。全部」


 ユリウスは私の向かいに座らず、机の端に書類を置いた。いつも通り、余計な感情を椅子に乗せない人だ。


「ガルディア王は、助力の可能性は否定しません。ただし二国間の情で動く気はない、と明言しました」

「当然ですね」

「ええ。当然です。だから私は、彼らに説明を求めました。崩壊の兆候をいつから把握し、何を放置し、誰を排除したのか」


 言い方が、もう尋問だ。

 私は少しだけ頬が緩む。ユリウスが怖い時は、だいたい私の味方だ。


「反応は?」

「国王は沈黙。王妃は青ざめ、例の王太子は……言葉を探していました。探して、ようやく言いました。知らなかった、と」


 知らなかった。

 便利な言葉だ。何も見ていない人間のための、免罪符。


 胸の奥がまたきしむ。

 でも、きしみは怒りだけじゃない。あの時、私が何度も説明しようとして、届かなかった記憶が疼く。


「……今は、その言葉すら貴重ですね」

「はい。やっと入口に立った、と評価できます」


 ユリウスが紙を1枚だけ取り出す。

 それは、アストリア側が差し出した現状報告の概要だった。数字が並び、崩壊した都市名がいくつも書かれている。


 私は視線を落とし、頭の中で結界の断面図を重ねた。

 外殻。緩衝。内側。地中基底。中枢核。

 寿命切れの崩れ方をしている。延命のために無理な再配分をした痕跡もある。


「魔導師長は?」

「同席しています。技術者としては、逃げない顔でした。……遅すぎますが」


 私は指先で紙の端を押さえた。

 軽い紙なのに、重い。


「アリア」

 セイジュが私を呼ぶ。短い。心配の短さ。


「大丈夫です。倒れません」

「倒れたら抱えて運ぶ」

「それはそれで困ります」


 口が勝手に軽口を言って、場の空気がわずかに緩む。

 ユリウスが咳払いをして、話を戻した。


「で、主任。会いますか?」

「まだです」

「理由は」

「私が優しくなりすぎるからです」


 ユリウスは一瞬だけ眉を上げた。

 セイジュは、眉を動かさない。けれど気配が少しだけ鋭くなる。


「優しさを、条件に変えます」

 私は続けた。

「真実を公開すること。国際会議を開くこと。結界技術を、国の体面ではなく安全保障の枠で扱うこと。そこまで飲めたら、私は動きます」


 言葉にした瞬間、胸のきしみが整理された。

 感情は消えない。でも、使い道は選べる。


 ユリウスが満足そうに頷く。

「よろしい。ではその方向で、王に進言します。ついでにもう1つ。彼らに謝罪を求めますか」

「求めません」

「即答ですね」

「謝罪は、彼らのための儀式です。私のためではない」


 ユリウスが笑いかけて、やめた。笑うと怖さが減るから、やめたのだろう。


「では、最後に確認です。会うのはいつです?」

 セイジュが、私の横で言った。


 私は窓の外の結界を見てから、答えた。


「彼が、自分の口で自分の罪を言えた後です。条件を整えてから」


 その言葉は、私自身への釘でもあった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


アリアが“情”ではなく条件で動くと決めたことで、物語は一気に政治の盤上へ。次話、アストリア側がついに真実を口にし――彼女が会うべき相手が動きます。

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