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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第10章 不要と捨てた魔導師に頭を下げに来る元婚約者

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第68話 変わり果てた国境

 馬車が止まったのは、国境線の手前だった。


 窓の外に立つ杭は、アストリア式のものだ。古い木に、剥げた塗料。風に鳴る縄。

 それだけで、胸の奥が苦くなる。

 息をするたび、罪悪感が濃くなる。


 ここへ来る道中、壊れた村をいくつも通った。

 家の半分だけが残り、井戸が干上がり、畑が黒く焼けている。

 避難列の人々は、俺たちの馬車を見上げても、歓声を上げなかった。

 ただ、目だけが助けを求めていた。


 俺の国は、追い詰められている。

 それでもまだ、体面だけは残そうとしている。


「陛下、まもなくガルディア側の検問所です」


 御者が声を落とした。

 リリアナが小さくうなずき、俺の隣で背筋を伸ばす。


「レオン、大丈夫です。ここからは、怒らないでくださいね」


「分かってる。……多分な」


 返事が自信なさげになったのを、俺自身が一番分かった。


 馬車の後ろでは、レイン伯爵が黙って外を見ている。

 その沈黙に、俺は何度も助けられた。余計な言い訳を口にしないで済むからだ。


 国境に近づくにつれ、空気が変わった。

 瘴気の匂いが薄い。冷たく澄んでいる。


 結界だ。


 アストリアの大結界は、空の上にある。遠くて、見えない。

 だが、目の前の防衛線は違う。地面に根を張って、生活のすぐ隣にある。


 ガルディア側の丘の上に、白い塔が立っていた。

 結界観測塔。塔の周囲を、薄い光の線が幾重にも走る。

 光は風に揺れず、塔と塔を結ぶように真っ直ぐだ。


 その線が、空中で二度、三度と折り返すのが見えた。

 膜が重なっている。1枚ではない。

 矢を止める層、魔力を散らす層、異物を見つける層。

 まるで、城壁が空にも生えているみたいだった。


「……あれが、噂の多重結界か」


 後ろの席から、王宮魔導師長が息を呑む声がした。

 普段は冷静な男が、少年みたいに目を見開いている。


「塔の間隔が一定だ。地形に合わせて、わざと歪ませている……流れを読んでる」


「読めるのか?」


 俺が聞くと、魔導師長は首を振った。


「読めません。分かるのは、設計者が、現場を知り尽くしているということだけです」


 その言葉が、胸に落ちる。

 現場を知り尽くしている。そうだ。

 アリアはいつも、現場にいた。誰よりも、俺の足元にいた。


 塔の足元には、石造りの小要塞が点々と並ぶ。

 城壁の上には、魔方陣が刻まれた防御板。矢狭間。魔導砲台。

 兵士の動きは無駄がなく、交代の合図も短い。


 俺は、見せつけられている気分になった。

 守るとは、こういうことだ、と。


 馬車が検問所に入り、止められる。

 門は高い第1城壁で、その内側にさらに内壁が見えた。

 外縁防衛線、軍事区、市街、避難区画。

 街そのものが、結界の層に組み込まれている。


 アストリアなら、門の先はすぐ民家だ。

 戦になれば、巻き込まれる。

 ここでは、巻き込まれないように作られている。


 ここは昔、ただの関所だった。

 俺がまだ若い頃、視察と称して来たことがある。木の門と、土の道。笑って酒を飲んだだけで帰った。

 そのとき、国境に立つ兵が何を背負っているのか、考えもしなかった。


 今は違う。

 地面の下まで、守りが埋まっている。


 甲冑の擦れる音と、短い号令。

 門番の隊長格らしい男が、馬車の前に立った。

 若いが、目が鋭い。礼はしても、媚びない。


「アストリアより来訪の使節団、で間違いありませんね。身分確認を」


 形式的な言葉。だが、声に余裕がある。

 怖れていない。助けを乞う側が、誰かを脅せるはずもないのに。


 俺は馬車を降り、外套の襟を整えた。

 土の匂いがする。だが、泥の重さがない。整備されている。

 足を置くたび、石畳がきちんと返事をする。

 整いすぎていて、俺の荒れた心だけが浮いている気がした。


「アストリアより参った、レオンだ。こちらは王妃リリアナ。伯爵レイン、王宮魔導師長も同席している」


 言葉にした瞬間、胸がきしむ。

 国の代表として名乗るほど、俺は立派な王ではない。

 けれど、名乗らないわけにはいかない。


 隊長が頷き、部下に目配せをした。


「魔導具、展開」


 兵士が小さな盤を掲げる。光の格子がふわりと広がった。

 俺たちの周囲をなぞるように、薄い膜が走る。

 肌に、軽い静電気みたいな感触。


 格子の向こうで、別の隊が避難民に水を配っているのが見えた。

 子どもが泣けば、兵士が屈んで目線を合わせる。

 それを見たリリアナが、唇を噛んだ。


「……あの方が守ったのは、結界だけじゃないんですね」


 俺は答えられなかった。


 魔力の確認か。


 王宮魔導師長が思わず前へ出た。


「その術式……結界の層を乱さずに検問を通すのか。どうやって」


「検問用の流路が別にあります。普段は閉じていて、通すときだけ細く開く」


 隊長が淡々と答える。


「そんな都合のいい……」


 魔導師長の声が裏返りかけたところで、隣の若い兵士が口を挟んだ。


「主任の設計です」


 さらり、と言った。


 俺は、聞き返すことすらできなかった。

 主任。ガルディアでは、それが称号になるのか。


「この国境線一帯の結界は、アリア・レイン主任の設計です。塔の配置、緩衝層、検問用の流路まで。だから、通行量が増えても崩れません」


 当たり前みたいに説明される。

 誇るでもなく、押しつけるでもなく。

 ただ、事実として。


 喉が乾いた。


 アリア。

 あの名前が、こんな場所で、こんな声で出てくるとは思わなかった。


 リリアナが、息を吸って止まった。

 次の瞬間、目尻が濡れているのに気づく。


「……あの方は、こちらでこんなにも……」


「王妃様」


 隊長は少しだけ表情を和らげた。


「主任は、グラナの街を守る人です。ここは前線ですから。私たちは、あの方の結界に何度も命を救われています」


 胸の奥に、痛いものが刺さる。


 救われた、だと。


 俺は、救ったはずだと思っていた。

 アリアを手放して、国を軽くした。

 便利な役目を、別の誰かに回せるようにした。

 そうやって、自分の判断を正しいと思い込んでいた。


 違った。

 ただ、捨てただけだ。


「……主任は、ここにも来るのか」


 俺が絞り出すと、若い兵士が少し誇らしげにうなずいた。


「はい。月に何度か。塔の調整と、兵の訓練に。現場でしか分からないことがあるって」


 現場でしか分からない。

 アリアが、昔からずっと言っていた言葉だ。

 俺は聞いていなかった。聞こえないふりをしていた。


 伯爵レインが、静かに帽子を握り直すのが見えた。

 父親としての顔と、貴族としての顔が、同じ沈黙の中にある。


「……通行許可は下りるのか」


 俺の声は、思ったより低かった。

 怒りではない。情けなさだ。


「手続きは滞りなく。王城からの通達も受けています。護衛も用意しています」


 隊長が視線を後ろへ向ける。

 門の内側で、別の部隊が整列していた。装備の色が違う。魔導師団の紋章。


 その先頭に立つ男が、俺たちへ歩いてくる。

 無精ひげを撫でる癖。肩で笑うみたいな目つき。


「やれやれ。うちの国境は観光地じゃないんだがな」


 リカルド。

 第二部で何度か顔を合わせた、ガルディア魔導師団の副団長だ。


 俺は、反射的に背筋を固くした。

 相手は礼を欠いていない。だが、好意もない。

 それが分かる。


「ご足労を」


「形式はいい。俺は護衛と、火消しだ」


 リカルドはちらりとリリアナを見ると、口調を少し柔らかくした。


「王妃様、道中は大変だったろ。グラナに入ったら、まず温かいものを」


「ありがとうございます……本当に、助かります」


 リリアナの声が、震えた。

 泣きたいのを飲み込んでいる声だ。


 リカルドは俺に視線を戻す。


「レオン。言い方には気をつけろよ。主任は今、忙しい。世界を相手にしてる」


 世界を相手にしてる。

 俺の胸が、ぐしゃりと潰れる。


 俺は、うなずくしかなかった。

 俺の国の都合で、アリアを呼び戻すには、遅すぎたのだ。

 検問の光が消え、門がゆっくり開いた。


 城壁の内側の道は広く、補給の馬車がすれ違える。

 遠くに見える市街は、騒がしいのに秩序がある。


 俺は、歩きながら空を見上げた。

 光の線が、街の上を格子に走っている。

 空が守られている。目に見える形で。


 アストリアの空のひびを思い出す。

 あの黒い雲。

 あのとき俺は、誰かのせいにしたかった。


 だが、守りの設計図は最初からそこにあった。

 それを持っていたのは、俺の隣にいた婚約者だった。


 俺は、何を見ていたんだ。


 門をくぐり抜けた先で、リリアナが俺の袖をそっとつかんだ。


「レオン……謝りましょう。言葉だけでも。今度こそ」


「……ああ」


 返事をしながら、俺は自分の足元が揺らぐのを感じた。

 守られている場所に立つと、人は弱くなる。

 その弱さを、俺は今まで知らなかった。


 俺は、自嘲気味に呟いた。


「俺が捨てた『便利な婚約者』は、世界の守り手になっていたのか」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

国境で突きつけられた守りの差。レオンの後悔は、ついにアリア本人へ向かいます。

次話はグラナ到着、そして彼女が示す条件——。

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