表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第3部 結界崩壊と国際会議編 第9章 結界崩壊の兆候

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/98

第61話 ガルディアに届く風聞

 ガルディア王城の会議室は、いつ来ても空気が澄んでいる。

 窓は高く、机は広く、そして議題はだいたい重い。


 中央の地図テーブルの上には、薄い光でできた大陸図が浮かんでいた。駒の色が、結界の層と部隊配置を示している。ノエルが作った投影機は、相変わらず仕事が丁寧だ。


「主任、こちらへ」


 宰相ユリウスが手を振った。背後で、国王アレクシス陛下が腕を組んでいる。二人とも、表情がいつもより硬い。


 私の隣には、セイジュ様。

 黒いローブの裾が床をなでるたびに、空気が少しだけ冷える。気のせいではない。本人が緊張すると、周囲の魔力が勝手に整列する。


「グラナからの定期報告だ。まず聞いてくれ」


 アレクシス陛下が頷くと、机の端の水晶が淡く光った。

 そこから響いたのは、聞き慣れた低い声。


『こちらグラナ前線。副団長リカルドだ。予定通り、週次の観測結果を報告する』


「リカルド。生きてる?」


 私が小声で言うと、セイジュ様が咳払いで止めた。場が場だ。分かっている。


『まず、アストリア側の国境線、北斜面の外殻層に小規模崩落を確認。崩落の直後、瘴気濃度が平均で1.3倍に上昇。風向きに乗って、こちらの外縁防衛線まで薄く流れてきている』


 地図の上で、北側が紫に染まった。数字がいくつも踊る。結界計測器の値だ。


『魔物の流入も増加。数はまだ中型以下が中心だが、群れのまとまり方が良くない。瘴気の濁りで、追跡が難しい』


「結界は?」


 アレクシス陛下が即座に問う。


『グラナ式多重結界、外壁にて安定。主任の設計、問題なし。だが、アストリア側の揺れがこのまま続くなら、こちらも緩衝層の調整が要る。以上』


 水晶の光が消え、会議室に沈黙が落ちた。

 私は地図の北端を見つめたまま、息を吐く。


「……始まりましたね」


 声が思ったよりも冷たかった。

 自分で自分に驚き、舌先で温度を探す。


「予想より早いか」


 ユリウスが、楽しそうでもあり、嫌そうでもある顔で言った。あの人は政治家なのに、研究会の司会みたいな顔をする時がある。


「アリア、見立てを」


 アレクシス陛下が言う。

 この国の王は、いつも結論までの距離が短い。好きだ。


「小規模崩落ということは、外殻層が部分的に自重を支えられなくなっている。大結界が薄くなった、というより……支える骨組みが、腐り始めた段階です」


「腐る、か」


 セイジュ様の銀の瞳が、地図の紫を刺した。


「ええ。大結界は、表面だけなら補修で誤魔化せます。でも内部の循環、魔力の流路が詰まると、同じ場所に負荷が集中する。そこが割れる」


 私は指先で光の大陸図をなぞり、アストリア北方に小さな円を描く。

 円は、じわりと波紋になって広がった。


「放置すれば、裂け目は増えます。瘴気は風と地脈に乗る。最終的には、大陸全体に波が回る」


「どれくらいだ」


 アレクシス陛下の問いは、短い。

 私は頷き、地図の横に推移線を呼び出した。紫の線が、ゆっくり右肩上がりで伸びる。


「今の傾きが続くなら、外殻層は最短で18か月。維持層が30か月前後で臨界に触れます。そこで一度でも大穴が開けば、瘴気の波は一気に太くなる」


 ユリウスが息を吸った。


「数字で殴ってくるの、やっぱり好きだな」


「殴らないと、動かない人が多いので」


 セイジュ様が、私の言葉に小さく頷いた。殴るのが得意な人は黙っていてほしい。


「ガルディアも?」


 ユリウスが口角を上げたまま、目だけ笑っていない。


「当然です。国境は線ではなく、ただの目印ですから」


 アレクシス陛下が、ゆっくり頷いた。


「……数年、と言っていたな」


 私は少しだけ目を伏せた。

 言われると分かっていたのに、胸がきしむ。昔、鎖の音を聞いた時みたいに。


「はい。大結界に残した貯金魔力は、持ってあと数年。そう伝えたはずです」


 セイジュ様が、私の言葉に合わせるように一歩だけ前に出た。

 影が私を包む。守りの影だ。


「だが、早い。まだ数年は余裕があるはずだった」


 ユリウスが指を鳴らすと、地図の横に別の数値列が並んだ。王都ヴァルディアの観測値。アストリア方面だけ、確かにじわりと上がっている。


「原因は2つ考えられます。1つ目は、向こうが本来の運用をしていない。結界維持のための調整班が、減ったか、崩れたか」


 それを言うのは簡単だ。

 でも、減らしたのは誰だろう。


「2つ目は……外から押されている。瘴気の供給源が、強くなっている可能性」


 セイジュ様の指が、北の谷を指した。


「山脈の向こうか」


「ええ。まだ確定ではありません。だからこそ、グラナの観測網を厚くします。ノエルの新型センサーを前線に。裂け目が増える前に、どこが壊れやすいか、先に当てます」


「予算は通そう」


 ユリウスが即答する。迷いがない。こういうところだけは天使だ。


 アレクシス陛下は、机の端を軽く叩いた。


「我々の選択は3つ。援助、傍観、そして……先制的な防衛強化だ」


「傍観は、現実的ではありません」


 私が言うと、陛下は眉を上げた。試すような目。


「理由を」


「瘴気は国境で止まりません。アストリアが崩れれば、次は大陸のどこかが崩れる。ガルディアだけが無傷でいる前提は、幻想です。防衛強化は必須。その上で、アストリア側の崩壊速度を落とす手段が必要です」


「落とす方法は?」


「節点を冷やします。崩落しやすい箇所に、魔力の逃げ道を増やす。ですが、向こうの中枢に触れずにやるなら、かなり繊細です。私の式が必要になります」


 言い終えてから、少しだけ唇を噛んだ。

 式が必要、という言い方は、私が鍵だと言っているのと同じだ。


 ユリウスが手帳を開き、さらさらと書く。


「つまり、援助は人道ではなく、保険。安全保障。……いいね、言葉が硬いと議会が静かになる」


 私は肩をすくめた。


「静かになるなら、もっと硬くしますよ」


 セイジュ様が、なぜか満足げに頷いた。そこは褒めるところではない。


「問題は、アストリアがいつ頭を下げるかだな」


 アレクシス陛下の声が、少しだけ低くなる。


 私の心臓が、小さく跳ねた。

 頭の中に、王都の広場の風景が浮かぶ。噂話。私の名前。追い出された、という言葉。


 もう、関係ない。

 そう思っているのに、指先が冷える。


「まだ動きはない。だが商人経由で、面白い風聞が入っている」


 ユリウスが、わざと軽い調子で言った。


「アストリアの下町で、あなたの名が祈りみたいに囁かれているそうだ。アリア・レインがいれば、ってね」


 私は笑うべきか迷って、結局、息だけ吐いた。


「……祈りは、便利ですね。責任の所在を空に投げられる」


「皮肉が冴えてきた。ガルディアに馴染んだ証拠だ」


 ユリウスが楽しそうに言う。

 でも、アレクシス陛下は笑わない。


「アリア。おまえはどうしたい」


 直球だ。

 王が個人の意思を訊くのは、本来、危険な行為だ。答えが政治になる。


 私は、少しだけ考えた。

 考えるふりではなく、本当に。


「私は戻りません」


 声が震えないように、言葉を短く切る。


「ただし、世界が崩れるのは見たくない。必要なら、遠隔で、国境から、あるいは国際枠組みで。条件が整えば動きます」


 セイジュ様が、横で静かに頷いた。

 それだけで、背骨が真っ直ぐになる。


「よし」


 アレクシス陛下が言った。


「ならば、我々は準備をする。グラナの防衛を厚くし、観測を増やし、外交の言葉を整える。アストリアが来る前に、来た後の形を決めておく」


「政治は私がやります」


 ユリウスが笑う。


「理屈はあなたが。剣は団長が。王は……責任を取る」


 アレクシス陛下が、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「それが王の仕事だ」


     ◇


 会議が終わり、廊下に出ると、冬の光が窓から差し込んでいた。

 王城の石壁は冷たいのに、その光はあたたかい。


 すれ違った侍従たちが、小声で何かを囁く。

 聞こえる単語は、断片だけだ。アストリア、使者、結界。

 私は歩幅を変えない。聞こえないふりは、昔から得意だった。


「顔色が悪い」


 セイジュ様が、周囲に誰もいないのを確認してから言った。


「いつもです」


「いつも、では困る」


 彼の言い方は相変わらず不器用だ。

 でも、指先が私の手を探し当てるのは、上手になった。


 私はその手を握り返す。

 魔力の気配が、ぴたりと重なる。安心の重み。


「さっきの問い、答えは変わらない」


 セイジュ様が言う。


「おまえは、戻らなくていい。あの国が、おまえを鎖で引くなら、俺が切る」


「鎖、というより……呪いに近いですね」


「なら、呪いごと焼く」


 物騒だ。けれど、胸の奥が少しだけ軽くなる。


「ありがとう。でも、焼かなくてもいいです。私が切ります。自分で」


 私が言うと、セイジュ様は一瞬だけ目を細めた。


「……強くなったな」


「最初からです。周りが見てなかっただけ」


「そうだな」


 あっさり認めるから、腹が立たない。ずるい。


 研究塔へ続く渡り廊下の先で、遠くの空が少しだけ霞んで見えた。

 北の方角。あの国の上。


 私は、息を吸って吐く。

 胸の奥のきしみを、言葉に変える。


「それでも私は、戻らない」


 誰に聞かせるでもなく、口にする。

 決意は、声にすると形になる。


 セイジュ様が、握った手に力を込めた。


「なら、その形を守る」


 光の中で、私は頷いた。

 次に来るのは、きっと政治だ。

 そして、その先にあるのは、世界の話。


 逃げない。

 でも、鎖には戻らない。


 そう決めたまま、私は研究塔の扉を押した。

ここまでお読みくださりありがとうございます。アストリアの結界崩壊が動き出し、ガルディアも世界の話へ踏み込むことになりました。次回、ついに使者が王城へ——アリアの条件と、セイジュの本音がぶつかります。続きが気になったら、ブクマ&評価で背中を押して頂けると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ