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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第8章 国境防衛戦

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第50話 国境都市グラナの空

 転移陣の光がほどけた瞬間、空気が変わった。

 王都の整った匂いではない。石と鉄と、少し焦げたような、前線の匂い。

 そして、鼻の奥がわずかに痺れる。瘴気が近い。


「着いた。国境都市グラナだ」


 セイジュがいつも通り短く言う。短いのに、妙に頼もしい。

 私の隣で、ノエルが計測器を抱えたまま跳ねそうになっていた。


「師匠、ここ、地脈の音がうるさいです! うるさいのに、規則正しい! すごい!」

「落ち着いてください。落としたら壊れますよ」

「落としません! 命より大事です!」


 そう言い切る少年に、リゼットが笑いながら肩を叩いた。


「はいはい、ノエルは後で好きなだけ測りな。今はまず挨拶よ。主任も、顔が引き締まってる」

「引き締まっているというか……風が冷たくて」

「それも含めて前線顔ってことで」


 転移陣のある小さな施設を出ると、すぐ先に城壁が見えた。

 高く、厚く、ところどころに魔方陣の刻まれた石板がはめ込まれている。

 城壁の上には弓兵と魔導師がいて、こちらを確認すると手を上げた。


 その上で、鐘が鳴った。

 ゴーン、と重い音。警報の予告みたいで背筋が伸びる。


「平時でも鳴る。巡回交代の合図だ」


 セイジュの説明に、私は息を吐く。

 けれど街の中を見れば、人々はそれに慣れている。屋台が湯気を上げ、子どもが走り、兵士が笑っている。

 戦の気配の中で、生活が続いている。


 守るべきものの形が、ここでははっきり見える。

 だから私は、無茶をする理由も、言い訳もいらないのだと思った。


「アリア」


 名前を呼ばれて振り向くと、セイジュが私の前髪を指で軽く押さえた。

 風で乱れていたらしい。自分では気づかなかった。


「顔が冷えてる。手袋」

「ありがとうございます。……あなたこそ、ローブの前、開いてます」

「問題ない」

「問題あります。団長が風邪を引いたら、前線が困ります」


 するとセイジュは、少し間を置いてからローブを閉じた。

 無言で従うのが、ずるい。私だけが心配しているみたいに見えてしまう。


 城門の下で待っていたのは、守備隊の現地指揮官だった。

 鎧に傷が多い。顔の骨格も、笑うと目尻に皺が深い。よく戦場で笑ってきた人の顔だ。


「魔導師団長セイジュ殿。よくぞお越しくださいました」

「状況を聞く」

「はい。……それと、こちらが結界主任殿ですな」


 視線が私へ来る。

 値踏みではない。ただ、期待と不安が同じ重さで混ざっている。


「アリア・レインです。よろしくお願いします」

「ガルドだ。ここの守りを任されている。正直に言う。結界は、持っているが、限界が近い」

「正直、助かります。私も正直に返します。直せます。ただし、今までのやり方のままでは無理です」

「……言い切るな」

「言い切らないと、現場は動けないので」


 背後で、カイルが小さく息を飲んだ気配がした。

 この言い方は、貴族社会の礼儀としては少し強い。でも、前線では強いほうがいい。


「案内しろ。まず現状を見たい」

「こちらへ。城壁の上が早い」


 階段を上る途中、壁の石に触れた。

 冷たい。けれど、石の奥に、古い熱が残っている。術式の名残だ。

 この街は、何度も守られ、何度も削られてきた。


 城壁の上に出ると、北側の谷が見えた。

 山脈と崖の影が濃く、その底に、紫がかった霧が溜まっている。

 瘴気の川みたいに、ゆっくりと流れていた。


 思わず、喉が鳴る。

 怖い。けれど、目を逸らしたら負けだ。


「師匠、測っていいですか」

「いいですよ。落とさないでくださいね」

「落としません!」


 ノエルが計測器を起動すると、小さな水晶が淡く光り、空中に薄い図形が浮かんだ。

 結界の歪みを線で描く仕組みだ。線が、北門のあたりで細く震えている。


「やっぱり北側が薄い。しかも、薄いだけじゃない。波打ってる……外から叩かれてる」

「魔物が増えたせいですか」

「それもある。でも、叩き方が、賢い」


 私は指先に魔力を集め、城壁の石板に刻まれた防御式をなぞった。

 ガルディア式の簡潔なルーン。その下に、もっと古い、別の層がある。


「ここ……古い結界遺構が残ってますね。昔の基礎を、上から継ぎ足してる」

「先祖代々の補修だ。強くするほど、つぎはぎが増えた」

「だから、流れが詰まってる。魔力が循環しないで、北側に負担が集中している」


 ガルド隊長の眉が動く。

 理解が速い。こういう人が現場にいるのはありがたい。


「じゃあ、どうする。今夜にも来ると言われている」

「今夜は、再配置で耐えます。明日から、再構築です」


 私はノエルの図形を指でなぞり、城壁の上に簡単な地図を描くように説明した。


「この街の結界は、守る場所が多い。外壁、市街、内壁、避難区画。全部を同じ厚さで守ろうとして、全部が薄くなっている」

「全部守れって言われたら、守るしかないだろ」

「はい。だから優先順位を変えます。今夜は外壁の緩衝層を厚くします。代わりに、市街の結界は薄くする」

「市民が不安がる」

「不安にさせない方法があります。薄くするのは、目に見えないところだけ。見える層は維持します。心理の盾です」


 リゼットが口笛を吹いた。


「やるじゃない。結界って、心にも効くのね」

「効きます。人がパニックになると、結界の運用が崩れますから」


 私はさらに続ける。


「外壁の北門に、杭を打ちます。セイジュの得意なやつ。起点を増やして、叩かれても歪みが広がらないようにする」

「俺がやる」

「お願いします。私の結界が杭を通すように調整します。魔物だけを通さない、杭だけを通す」

「師匠、それ、攻めと守りが噛み合うやつですよね!」

「そうです。戦場用に最適化します」


 カイルが咳払いをした。


「質問だ。市街を薄くするなら、魔物が侵入した場合の被害が広がる。避難導線は確保できるのか」

「できます。内壁と避難区画の結界は、逆に硬くします。逃げ込むほど守りが固い、多重構造にします。街の人の動きを前提にした設計に変える」


 カイルが黙る。

 突っ込みが見つからない時の沈黙は、気持ちがいい。


 ガルド隊長は、少しだけ笑った。


「なるほど。今までの結界は、壁だけ守っていた。主任殿は、人を守ると言う」

「壁は直せます。でも、人は戻りませんから」


 言った瞬間、胸の奥がちくりとした。

 アストリアで、戻らなかったもの。戻せなかったもの。

 私はその痛みを、言葉の奥に押し込める。


「数日かけて行う再構築案は?」

「古い遺構を活かします。継ぎ足しを剥がすのではなく、流れを整理して、循環を作る。北側へ偏っている魔力を、南側の余裕から回す水路を作ります」

「水路……」

「魔力は水に似ています。溜めれば腐る。流せば生きる」


 ノエルが感動した顔でメモを取っている。紙が破れそうな勢いだ。


 説明が終わったところで、セイジュが私の横に立った。


「無茶はするな」

「今夜の作業は、無茶ではなく、必要な最小限です」

「言い方の問題だ」

「では、団長が見ていてください。無茶だと思ったら止めてください」

「止めない」

「止めないんですか」

「止めると、おまえが怒る」

「怒ります」

「分かっている」


 さらりと言われて、私は口を閉じた。

 分かっていると言われると、もう言い返せない。ずるい。


 城壁を降りると、市街のほうから小さな足音がした。

 布の靴が石畳を叩く音。子どもが走ってくる。


「ねえ、お姉ちゃん! そのキラキラ、結界の人?」

「ええ、そうですよ」


 子どもは私の手袋を見上げ、目を丸くした。


「この前、うちの窓のところが、夜にピリってしたの。怖かった。そこも直してくれる?」

「……直します。約束します」


 子どもがぱっと笑って、後ろの母親に手を振った。

 母親は深く頭を下げる。言葉は要らない顔だった。


 私は空を見上げた。

 国境の空は広い。雲が早く流れ、遠くで雷の気配がする。

 嵐の匂いが、確かに混ざっていた。


 今夜、来る。


 でも私には、守る理由がある。

 守りたい人がいる。

 そして、私をここに連れてきた人が、隣にいる。


「セイジュ」

「何だ」

「終わったら、温かいスープが飲みたいです」

「用意させる」

「あなたが作るんですか」

「……作れる」

「では、期待しておきます」


 セイジュがほんの少しだけ目を細めた。

 その表情だけで、ここが私の居場所だと、もう1回思えた。


 鐘が、また鳴った。

 今度はさっきより少し速い間隔で。


 平時の合図ではない。


 ガルド隊長が顔を上げる。


「北の監視塔からだ。動きがあった」


 私は深く息を吸い、ノエルの計測器を受け取った。


「行きましょう。今夜の準備を、今から始めます」

結界の「壁」は直しても、人の暮らしは戻りません。だからアリアが守ろうとしているのは、石ではなく“明日”です。

グラナの夜はここから。北門の歪み、杭打ち、そして市街をどう守り切るのか――次話で一気に動きます。

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