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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第7章 ガルディア内部の問題

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第47話 私の居場所

 王城の小会議室は、朝の光のわりに、ひどく重かった。


 長机の奥にはアレクシス陛下と宰相ユリウス様。その隣にセイジュ様とリカルド副団長、将軍たち。

 部屋の中央で膝をついているのが、今回の張本人――ラヴェル子爵だ。


 きちんと整えられていた金髪は乱れ、豪奢だった服は、威厳より皺と汗のほうが目立っている。


「……ラヴェル子爵」


 陛下の声は静かだった。


「そなたが第三国の工作員と内通し、国境結界プロジェクトの情報を渡そうとしていた件。間違いないな」


 床を向いたままの子爵の肩が、びくりと震えた。


「わ、私は……ただ、ガルディアがアストリアと結びつきすぎるのを危惧して……」

「問われているのは、そなたの政治論ではない」


 ユリウス様の声が、容赦なく切り捨てる。


「問題は、国境防衛計画の機密を、王の許しなく外部に流そうとしたことだ。しかも、同盟国ですらない第三国へだ。――反論は?」


 短い沈黙。やがて、かすれた声が落ちた。


「……ありません」


 その一言を合図にしたように、背後で兵士たちの鎧がかすかに鳴る。

 爵位の剥奪か、幽閉か。それとももっと厳しい何かか。そこまでは、私の役目ではない。


「ラヴェル子爵」


 今度、呼んだのはセイジュ様だった。


「おまえは、自分の行いの結果として――俺の部下と、その上官を危険に晒した」


 銀の瞳が、冷たく細められる。


「アリア・レインを疑い、王の下した決定に泥を塗り、その責任を彼女ひとりに押し付けようとした。その意味を、理解しているか」


「わ、私は、アストリア出身の者に国境の要を任せるのが危ういと――」


「ならば、証拠を揃えて王に上申すればよかった」


 遮る声は、いつもの穏やかさを欠いていた。


「影で噂を流し、情報を盗み、第三国と通じる理由にはならない。……二度と、俺の部下を土足で踏みにじるな」


 子爵は言葉を失い、そのまま項垂れた。


「処罰については、後ほど正式に告げる」


 アレクシス陛下が締めくくる。

 兵士に連れられて部屋を出ていく背中を、私はただ目で追った。


 ――これで、ひとつ目のケジメは終わり。


 次は、この場に残された私の番だ。


「アリア・レイン」


 名を呼ばれて、私は前へ進み出た。


「はい」


「今回の一件で、そなたは疑いをかけられた。アストリア出身という出自ゆえに、心ない言葉も浴びせられたと聞く」


 陛下の声には、先ほどとは別種の重さがあった。


「王として、詫びよう。ガルディア王国は、そなたを正式に招き入れた。その責任を、十分に果たせてはいなかった」


「陛下、それは――」


 思わず顔を上げた私より先に、セイジュ様が口を開いた。


「責任は、俺にもあります。団長として、アリアを守りきれなかった」


 守られる対象、という言い方に、少しだけむず痒さを覚える。

 けれど今は、言葉を挟むべきではない。


「そなた自身の考えを、聞かせてほしい」


 陛下がこちらを見る。

 真っ直ぐな視線を受け止めながら、私は一度だけ深く息を吸った。


「……ガルディア王国の魔導師として、国境結界プロジェクト主任として、お答えします」


 自分の肩書きを、はっきりと言葉にする。


「疑いを向けられたこと自体は、覚悟していた部分もあります。私は外から来た者で、アストリアの大結界にも関わっていました。警戒されて当然です」


 誰かが息を呑む気配がした。


「ただ」


 そこで一拍置いて、言葉を継ぐ。


「証拠もないまま『外様だから』という理由だけで、私やプロジェクトを貶めようとした行為については……すぐに許せるとは思っていません」


 これは、私自身の感情だ。


「今日、この場で謝罪のお言葉をいただいたことは、感謝いたします。ですが、許すかどうかは、時間と結果が決めるものだと考えています」


「時間と、結果?」


 宰相が、興味深そうに片眉を上げた。


「はい。国境結界プロジェクトが実際に機能し、人々の命を守り、第三国の思惑を退けられる。そのとき、今回の騒動も『必要な通過儀礼でしたね』と笑って言えるなら――きっと、自然に許せているのだと思います」


 陛下の目尻に、かすかな笑みが浮かんだ。


「なるほど。そなたらしい」


「意趣返しをしないのかね、レイン嬢」


 ユリウス様の軽口に、私は小さく苦笑した。


「忙しくて、恨みを育てている暇がありませんので」


 部屋に、わずかな笑いが生まれる。

 重かった空気が、少しだけほぐれた。


「よかろう」


 アレクシス陛下が頷いた。


「本日をもって、アリア・レインへの疑念は、すべて公式に晴れたものとする。彼女に対する根拠なき非難や妨害は、王命に反する行為と見なす」


「御意」


 将軍たちが一斉に頭を下げる。

 セイジュ様も短く「了解した」と答えた。


 胸の奥で、何かが音を立ててほどけていく。


 ようやく、堂々と前を向いて国境へ向かえる。

 そう実感した瞬間だった。


「アリア」


 皆が解散し始める中、セイジュ様が私を呼び止めた。


「はい、団長」


「……悪かった」


 いつになく短い謝罪に、思わず瞬きをする。


「団長が謝ることではありません。あれは、私の出自と、あの国の選択が招いた波のひとつですから」


「それでもだ」


 彼は、少し言葉を探すように視線を彷徨わせてから、続けた。


「俺は、二度とおまえを疑わせないと言った。あれは、あの場限りの感情ではない」


「誰であろうと、アリアを理由なく疑うことは、許さない。――ここで、おまえは俺の部下で、俺の……」


 言いよどんだ先の言葉は、予想がついてしまうから、余計に心臓に悪い。


「研究協力者、ですよね」


 慌てて先回りすると、セイジュ様は小さく咳払いをした。


「……それも含む」


「でしたら、団長は団長として、私の仕事がしやすいように守ってください」


 私は小さく頭を下げた。


「外様かどうかに関係なく、『主任』として扱ってもらえるように」


「それはもうやっているつもりだが」


「これからも、お願いしますという確認です」


 そう言うと、セイジュ様の口元が、わずかに緩んだ。


「了解した、アリア主任」


 ――その呼び方は。


 胸の奥が、少しくすぐったくなった。



 研究塔に戻ると、いつもの魔力の流れが迎えてくれた。


 中枢階を走る光の線。転移陣の淡い輝き。訓練場から漏れてくる魔術の衝撃音。

 ここ数日の緊張で張り詰めていた神経が、「日常」の音を思い出す。


「主任、お帰りなさいませ」


 エントランスホールで出迎えてくれたのは、マリアナだった。


「ただいま戻りました。塔のほうは、何か変わりありませんでしたか?」

「ええ、皆様いつも通り、元気に魔術を爆発させておられますよ」


「……被害報告書は、あとでまとめていただけますか」

「すでに机の上に積んでございます」


「それと」


 マリアナが、少しだけ声を潜める。


「皆様、今日のご報告を気にしておられました。お疲れのところ恐れ入りますが、顔だけでも見せて差し上げては?」


「はい。私も、そのつもりでした」


 そう答えて、私は訓練フロアへ向かった。



「主任、お疲れさまです!」


 扉を開けた瞬間、元気な声が飛んできた。

 魔術訓練用の結界の中で、ノエルが計測器を抱えたまま手を振っている。


「戻ってきたばかりなのに、すぐここに来るなんて、さすが主任です!」


「ただいま、ノエルさん。魔力ログの調整、順調ですか?」


「はい! 今日の分で、国境用の補正パターン、だいぶ見えてきました!」


 足元では、若い団員たちが汗だくで立ち回っている。

 その合間から、ちらちらとこちらを見る視線。警戒と興味とが入り混じった、以前とは少し違う温度だ。


「アリア主任」


 背後から呼びかけられて振り向くと、カイルが書類束を抱えて立っていた。


 以前なら「レイン殿」か「主任殿」と、微妙な距離を感じる呼び方をしていた彼が、今日は自然に「アリア主任」と口にしている。


「王城での件、お疲れさまでした」

「ありがとうございます。こちらは、その資料ですか?」


「はい。国境用の補助陣について、いくつか気になる点があって。お時間のあるときに、意見を伺えますか」


「もちろん。今、ここで軽く見ますか?」


「よろしいのですか?」


「ええ。せっかく訓練もやっているので、机上だけでなく、実際に魔力を流しながら調整したほうが早いでしょう」


 そう言うと、近くにいた団員たちの目がいっせいに輝いた。


「主任、俺たちもやってみていいですか?」

「この前の演習のときみたいに、『今揺れたところ!』って教えてください!」


「分かりました、順番にやりましょう。ただし、爆発させない程度に」


 どっと笑いが起きる。


 少し前まで、ひそひそと陰で噂されていた場所で。

 今は、正面から「主任」と呼びかけられ、笑い声の中に立っている。


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。



 夜。


 自室に戻ると、マリアナが置いていってくれた温かいお茶と焼き菓子の香りが部屋に満ちていた。


 鎧を脱いだあとみたいな疲労感が、どっと押し寄せてくる。

王城での緊張と、塔での安堵。その両方が、ようやく一緒に溶けていく。


「……ふう」


 カップを置き、私は椅子の背にもたれた。


 この部屋とも、ずいぶんと馴染んできた。


 最初に案内されたときは、ただの「客間」の延長に見えていた空間。

 今は、机の上に積まれた資料や、壁一面の結界図、窓際の観測用水晶板が、私の手の跡を主張している。


 ベッド脇のサイドテーブルには、セイジュ様から借りた論文と、ノエルの試作計測器。

 足元には、リゼットさんからもらった小さな観葉植物。


 どれも、ここに来てから増えていったものだ。


「……居候、かあ」


 アストリアを出ると決めたとき。

 ガルディアでの暮らしは、最初から最後まで「居候」だと思っていた。


 国境結界のために招かれ、役目を終えれば、どこか別の場所へ流れていく。

 そういう、一時的な仮住まい。


 けれど。


 今日、王の前で自分の肩書きを口にしたとき。

 塔で「主任」と呼ばれたとき。


 胸の奥で、何かのバランスが変わった気がする。


「ここは、もう……」


 私は立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。


 夜の王都と、その向こうに連なる北方の山並み。

 空には、かすかに瘴気の紫が滲んでいる。


 国境の先には、まだ見ぬ嵐が待っている。

 それでも、不思議と足はすくまない。


「ここは、もう居候先じゃなくて」


 窓枠にそっと手を置き、静かに言葉を続ける。


「私の、居場所なんですね」


 口に出してみると、その響きが、思っていたよりずっと自然で。

 少しくすぐったくて、でも、嫌ではなかった。


 この塔で、国境結界を設計して。

 この国で、守りたい人たちが増えて。


 そして、隣で「二度と疑わせない」と言ってくれた団長がいる。


「……さあ、次は国境ですね」


 窓の外の空に向かって、小さく呟く。


 ここで積み上げた日々を、そのまま前線へ持っていく。

 外様と呼ばれた魔導師としてではなく、ガルディアの国境結界主任として。


 その覚悟を胸に刻みながら、私は机へ戻った。


 明日も、やるべきことは山ほどある。

 国境防衛戦と呼ばれるその日までに、準備できることは全部しておきたい。


 羽ペンを取り、白紙の上に新しい線を引き始める。


 私の居場所から伸びていく線が、その先の誰かの安全圏になりますように。


 そう願いながら、夜更けまで、私は静かに結界図を編み続けた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

アリアがようやく「居場所」を手に入れた回でした。ここから国境編が一気に加速していきます。

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