表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第7章 ガルディア内部の問題

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/98

第44話 お茶会と包囲網

 その日、私は久しぶりに戦場用のローブではなく、淡い青のドレスを着ていた。鏡の中の自分は、どうにか「貴族令嬢」のカテゴリに収まって見える……はずだ。

「本日は夫人方とご令嬢方が半々と伺っています。よくお似合いですわ、アリア様」と、髪を整えてくれたマリアナが微笑む。

「ありがとうございます。できれば、魔力計測器のそばでお茶会をしたい気分ですけれど」「それはノエル様と団長様が喜びますわね」

 そんな取り留めのない会話を交わしながら、私は深呼吸を一つ。今日の場は、リゼットさん主催のお茶会だ。


(査定、ですね)


 ガルディアの貴族令嬢と奥方たち。魔導師団の外側で別の力を持つ人たちだ。

 これは、私にとっても仕事の一環――そう言い聞かせて、胸の緊張をなんとか押し込める。


     ◇


 会場は王都中心部の貴族会館の一室で、花と香りに満ちた典型的なサロンだった。


「アリア、来たわね!」


 手を振りながら駆け寄ってきたのは、今日の主催者、リゼットさんだ。

 戦場仕様のローブではなく、淡いピンクのドレス姿。いつものきりっとした彼女とはまた違う、華やかな雰囲気がある。


「本日はお招きありがとうございます、リゼット隊長」

「やめて、今日は隊長じゃなくてリゼットで。女の子同士の場なんだから、そんな堅苦しい呼び方してたら浮いちゃうわよ?」

「……努力します」


 私は小さく息を吸ってから、周囲へ視線を巡らせた。


 少し年上と思しき夫人たちが、扇で口元を隠しながらこちらを観察している。

 同年代か、それより下の令嬢たちが、好奇心と警戒を混ぜた目でこちらを見ているのが分かった。


 この視線、懐かしい。


 王太子妃教育で、何十回と浴びたものだ。

 「王妃候補を値踏みする視線」というラベルを貼って、頭の中の棚から取り出す。


(今回は、王妃ではなく「外様の魔導師」としての値踏み、でしょうけれど)


 リゼットさんがかたわらで、さらりと紹介を始めた。


「皆さま、こちらが例の――いえ、噂のアリア・レインさん。新しい国境結界プロジェクトの責任者であり、うちの団長様が自慢してやまない研究者よ」

「リゼットさん」

「あら、事実でしょ?」


 くすくすと笑いが広がる。

 その波に合わせるように、何人かの夫人が椅子から立ち上がった。


「アリア様、ようこそガルディアへ」

「いつも、夫が魔導師団でお世話になっておりますわ」


 挨拶の言葉そのものは柔らかい。

 けれど握られる手の力や、視線の温度が、それぞれの立場を雄弁に物語っていた。


 好意、打算、警戒、不安。


 色とりどりの感情が、魔力の波形のように重なって見える気がする。


(……これは、面白いデータが取れそうですね)


 思わず研究者目線で評価してしまい、内心で苦笑した。


     ◇


「アストリアでは、どのようなお暮らしを?」


 最初の質問は、穏やかな声色で投げかけられた。


 年長の伯爵夫人。夫は貴族院の有力者だと聞いている。

 乗ってはいけない波と、あえて乗るべき波。その見極めが必要な相手だ。


「……王都で、大結界の維持と改修を担当しておりました。あとは、王宮付きの雑務を色々と」

「まあ、大結界を。噂には聞いておりましたけれど、本当に」


 夫人の隣の令嬢が、ぱちぱちと瞬きをする。


「アストリアの大結界って、あの……国全体を覆っている、すごく大きな結界ですよね?」

「ええ。もっとも、私が担当していたのは一部ですけど」


 事実を過不足なく、しかし細部の数字や構造はぼかして答える。

 大結界の具体的な設計は、ここでも機密情報のはずだ。


「王太子殿下とのご婚約も、それで?」


 別の席から、少しだけ棘のある声が飛んできた。


 声の主は、古い名門の令嬢。

 さきほどから「外様」「元婚約者」といった単語の発生源になっている子だ。


 視線がちら、と一斉に私へ集まる。


(来ましたね。今日の質問リスト、第一項目)


 私はカップを持ち直し、微笑の角度を半分だけ上げた。


「そうですね。大結界関連の仕事を通じて、という形でした」

「では、今はこちらで、同じように……?」


 「結界と王家がセットなのかどうか」を探る質問だ。


 ここでガルディア王家との関係を強調しすぎれば、「また王家に取り入ろうとしている」と受け取られかねない。

 逆に距離を取りすぎれば、「本当にガルディアのために動く気があるのか」と疑われる。


 魔力配分より厄介なバランス調整だ。


「今の私は、ガルディア王国の一魔導師として、国境防衛プロジェクトに携わっています。王家からは、大きな信頼と権限をいただいていますが……」


 一拍おいてから、言葉を継ぐ。


「一番の軸は、研究です。結界技術の可能性を広げることと、それで守れる人を増やすこと。そのために、ここにいます」


 夫人たちの間に、わずかなざわめきと笑いが走った。どうやら、私は「少しズレた研究者」として認識されたらしい。それなら、野心家と見られるよりずっと楽だ。


「それにしても」


 今度は、柔らかな笑みを浮かべた若い侯爵夫人が、扇で口元を隠しながら身を乗り出してきた。


「噂では、災厄の魔導師団長様と、とてもご親しいとか」

「まあ、やっぱりそこに行くのね」


 リゼットさんが、横でお茶を吹き出しそうになっている。

 私はというと、カップを持った手に、少しだけ力が入った。


「親しい、というか……お世話になっています。研究と生活の両方で」

「まあ。生活のほうでも?」


 遠慮のない興味の光が、一斉にこちらへ注がれる。

 戦場の殺気より、ある意味で刺さる視線だ。


「同じ塔に住んでいますから。団長として、とても頼りにしています」

「まあ。同じ塔に、ねえ」

「夜遅くまで二人で研究なさっていると、うちの子が自慢していましたわ」

 情報源が誰なのかは、だいたい想像がつく。

「……研究の話をしているだけです。研究協力者ですから」

 そう言いながらも、頬が熱くなるのを自覚する。

「協力者、ね」「それ、こっちの言葉だと半分求婚よ?」

 ひそひそ声に、リゼットさんまでが「分かる」と頷き、場に柔らかな笑いが広がった。

(……これは、悪くない変化かもしれませんね)


     ◇


 場が少し和んだところで、話題は自然と別の方向へ流れていった。


「最近は物騒な噂も多いでしょう? 国境の魔物が活発だとか、どこかで結界の異常が見つかったとか」

「商隊の護衛費も上がってしまって。夫が帳簿と睨めっこで困っておりますのよ」


 さりげない世間話に紛れて、情報の断片が転がってくる。


「北方方面の商人たちが、こぞって別の道を使い始めた、とも聞きましたわ」

「そうそう。あの……どこだったかしら、ええと……」

「ラヴェル子爵家の管理している街道だったかしらね」


 ラヴェル子爵家。


 貴族院で、あまり前に出ないが古い家系として一定の発言力を持つ家。

 国境付近にも、いくつか倉庫を所有している――そんなメモが、頭の引き出しから自動的に引っ張り出される。


(演習のログで見かけた癖。あの紋章の家の儀式魔法と似ていた、というだけなら偶然の可能性もあるけれど)


 ここで名前が出るのは、単なる偶然か。

 それとも――。


「ラヴェル家の街道は、やはり便利なのですか?」


 私は、カップをソーサーに戻しながら、さりげなく水を向けた。


「昔から交易商に人気よ。関所での手続きも早いし、倉庫も融通してくれるって」

「ただ、最近少し……」


 言い淀んだのは、先ほどの若い侯爵夫人だ。


「何かおありで?」

「いえ、大したことではないのですけれど。主人の友人が、ラヴェル家の倉庫を借りようとしたとき、妙に条件が厳しくなっていたと。『特定の商人からの紹介でなければ貸せない』とか」

「以前は、そんなことはなかったと聞きましたわ」


 別の夫人が頷く。


「ふうん……」


 リゼットさんが、私の隣で低く唸った。


「ねえアリア、これ、あとで詳しく聞いてもいい?」

「もちろんです」


 頭の中で、見えない線が一本引かれる。


 国境で押収された、結界図の写し。

 演習で見つけた、結界干渉用の小さな補助陣。

 そして今、サロンで聞いた、特定の商人だけが使える倉庫の話。


 ばらばらだった点が、細いながらも一本の線になりかけている。


(結界の外側からだけでなく、内側からも。魔力だけでなく、物資と人の流れも)


 私はそっと息を吐いた。


 ――国全体を守るには、魔力の網だけでなく、情報と人間関係の網も必要だ。


     ◇


 お茶会の終盤、少し人の輪が緩んだところで、数人の夫人や令嬢が、こっそりと私のそばに寄ってきた。


「アリア様」

「もし、何かお困りのことがあれば……相談に乗れるかもしれませんわ」


 年長の伯爵夫人が、静かな目でこちらを見つめる。


「貴族院は、女性の出入りが少ない場ですけれど、夫人同士のつながりなら、別の形で耳に入ってくる情報もありますの。たとえば、どの家の倉庫で、人の出入りが急に増えたかとか」

「どの夫人が、やたらと海外の噂に詳しくなったか、とかね」


 若い侯爵夫人が、悪戯っぽく微笑む。


「私たちは、政治の表舞台には立ちませんけれど、その分、別のところから世界を見ていますのよ」


 まるで、「あなたの結界の一部になりましょうか」とでも言うような言葉だった。


 胸の奥で、何かがじんわりと温かくなる。


「……ありがとうございます。そのようなお申し出をいただけるなんて、思ってもみませんでした」


 素直にそう告げると、伯爵夫人はふっと表情を和らげた。


「あなたが、最初から『味方になってください』とねだらなかったからでしょうね」

「最初に、自分の足で立つと言った人には、手を貸したくなるものよ」


 侯爵夫人の言葉に、リゼットさんが「分かる」と深く頷く。


「それに、団長様があれだけ分かりやすく庇っている方を敵に回すのは、賢くないもの」

「それは……」


 否定しづらい事実だったので、私は曖昧な笑みでごまかした。


 でも、同時に思う。


(最初に守ってくれたのはセイジュ様たちだけれど――)


 今、こうして手を差し伸べてくれる人たちは、彼とは別の回路から繋がった「味方」だ。


 魔導師団の制服ではなく、ドレスと扇とティーカップで武装した人たち。


 戦場で張る結界とは違う、もうひとつの網が、静かに広がっていくのを感じる。


「では、困ったときは、遠慮なくご相談させてください」

「ええ。お茶とお菓子くらいは、いつでも用意しておきますわ」


 そう言って笑う彼女たちを見ていると、かつてのアストリアでの自分――王家の便利な道具として座っていた、孤立したサロンの席が、遠い記憶のように思えた。


「――ガルディアで張るべき結界は、魔力だけじゃないのかもしれませんね」


 思わず漏れた独り言に、隣のリゼットさんが首をかしげる。


「何か言った?」

「いえ。少し、仕事が増えそうだなと」


 私はカップの底に残った紅茶を飲み干し、静かに息を整えた。


 魔力で張り巡らせる結界。

 そして、人と人をつなぐ、目に見えない包囲網。


 ここでの私の仕事は、その両方をきちんと扱うことなのだろう。


 ――ここには、戦場だけでなく、サロンにも味方がいる。


 そう実感しながら、私は新しく編まれ始めた網の感触を、胸の内でそっと確かめた。


お読みいただきありがとうございます!

今回は戦場ではなくサロンでの攻防戦でしたが、アリアの「もう一つの結界」が少しずつ形になってきました。魔導師団だけでなく、夫人方や令嬢たちも巻き込んだ包囲網が、今後どう本筋に絡んでいくのか……ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。

続きが気になる、アリアとセイジュをもっと見たいと思っていただけたら、評価やブックマークで応援してもらえると、とても励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ