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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第7章 ガルディア内部の問題

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第43話 副団長の試験

 その知らせを聞いたのは、スパイ疑惑の会議が終わって、まだ一刻も経たないうちのことだった。


「――模擬襲撃演習、ですか?」


 執務室の机の向こうで、リカルド副団長がにやりと口角を上げる。


「ああ。どうせなら、調査と実戦訓練を一度で済ませたほうが楽だろ?」


 ぜんぶまとめて片づけようとするあたり、いかにも現場叩き上げの発想だ。


 さきほどの会議で、新型国境結界案の一部が外部に流れかけていたことが報告された。

 図面に触れられる人間は限られている。となれば、どこかに内部の協力者がいる可能性が高い。

 その調査の主導を、私は自分から申し出たばかりだ。


「楽、という表現はどうかと思いますが……内容を確認してもよろしいですか」


「もちろん」


 リカルド副団長が、机の上に魔術板を呼び出す。

 光の板に、山間部の地形図と魔方陣の線が重なる。


「場所は王都から半日ほどの山間訓練場。新型結界を縮小した試験版を、ここに展開する」

「縮小版、ですか」


 私は図面に目を走らせた。


 外殻、防御層、緩衝層、生活圏を模した内部エリア。

 本来は北方国境を覆う規模のものを、一つの谷に押し込める形だ。


「外周には通常の警備隊と、魔導師団から選抜した隊を配置する。で――」


 リカルド副団長の指先が、内側のエリアの一点をとん、と叩いた。


「ここに犯人役を忍び込ませる」


「犯人役?」


「実際のスパイが誰かはまだ分からない。だから逆に、『スパイ役』をひとり用意するんだ。演習中、そいつには好きな方法で結界を乱してもらう」


 好きな方法で結界を――。


 ぞくり、と背筋を冷たいものが走った。


 大結界を維持していた頃なら、絶対に口にしなかった発想だ。

 結界は守るものであって、意図的に揺らすものではない。


 けれど今、私はガルディアの魔導師だ。

 国境防衛のためなら、必要なリスクも取らなければならない。


「演習中、主任――アリアは結界制御塔で全体の指揮をとる。外側からの襲撃と、内部からの妨害、その両方に対応してもらう」


「……最悪ですね」


 思わず、本音が口をついて出た。


「外からも中からも、ですか」


「現場はだいたい最悪を想定しておくもんだ」


 リカルド副団長は肩をすくめる。


「それに、今いちばん疑われてるのは外様のお嬢様なんだぜ? おまえが結界ごと全部捌いてみせれば、だいぶ黙る口も増える」


「それは……否定しませんけれど」


 私が眉を寄せると、隣で静かに話を聞いていたセイジュ様が口を開いた。


「犯人役は誰が務める」


「まだ未定だ。こっちで選ぶ。もちろん、アリアには事前に教えない」


 あっさりと言われて、私は思わずセイジュ様を見る。


「……聞いていませんでしたけれど」


「言っていなかったからな」


 平然と返される。


「試験だからな。あらかじめ答えを教えたら意味がない」


「誰の試験なんでしょうね?」


 呆れ半分に問い返すと、リカルド副団長が楽しそうに笑った。


「主任殿の、だろ? それと、うちの連中の」


 副団長の試験、というタイトルは聞いたことがある。

 中身はどうやら、「外様の主任と、魔導師団を同時に試してやろう」ということらしい。


 ……やっぱり、この人もなかなかえげつない。


「分かりました。演習の詳細な条件だけ、事前に共有してください。それと、結界制御塔の設備を少し改造しても?」


「お、もうやる気だな」


 リカルド副団長が目を細める。


「必要な資材はリストにして出してくれ。予算はどうにかする」


「ありがとうございます。では――」


 私は魔術板の別の層を呼び出し、制御塔内部の簡易図を描き込み始めた。


 視線の端で、セイジュ様の銀の瞳が、わずかに柔らかくなるのが見える。


「おまえがやると言うのなら、俺からも王と宰相に話を通しておこう」


「心強い後ろ盾ですね」


「当然だ。……危険を感じたら、即座に中止させる」


「それは、最後の手段にしてください」


 私は苦笑して首を振った。


「ここで逃げたら、本当に外様は信用できないで終わってしまいますから」


 怖くないと言えば嘘になる。

 けれど、逃げたくはなかった。


 この国で、もう一度国の盾になりたいと願ったのは、私自身なのだから。


     ◇


 演習当日、山間訓練場の谷底一帯は、仮設の街と私の結界で簡潔に区切られていた。


「結界、安定しています」


 制御塔の窓から谷を見下ろしながら、私は魔力計の針を確認する。


 塔の内部には、簡易型の制御陣と計測器、それから通信のための水晶板が並んでいた。

 魔力の流路を視覚化するため、ノエルが徹夜で組んでくれた追加の魔術板もある。


「いい感じですね、主任! ログの取り方も、前に比べてだいぶ精密になってます!」


 隣で、ノエルが目をきらきらさせている。


「あなたが張り切りすぎて、最後に倒れなければ完璧です」


「倒れませんよ!? ぼく、もうちょっと体力つけましたから!」


 胸を張る天才少年を横目に、私は外の様子に意識を向ける。


 谷底では、魔導師団と警備隊が隊列を整えていた。

 リカルド副団長とリゼット隊長が、それぞれの持ち場で指示を飛ばしている。

 カイルの姿も見えた。いつもより少し真剣な顔つきで、隊の中央に立っている。


『こちら副団長。制御塔、聞こえるか?』


 水晶板から、低い声が届いた。


「はい、こちら制御塔。アリアです。よく聞こえています」


『これより、模擬襲撃演習を開始する。外側からは、通常の魔物群を想定した魔力弾と突撃。内部からは――』


 一拍置いて、わざとらしく間を空ける。


『犯人役の妨害だ』


 塔の中に、わずかな緊張が走る。

 ノエルが、ごくりと喉を鳴らした。


「犯人役がどなたか、もう決まっているんですね」


『ああ。だが繰り返すが、名前は教えない。そいつがどこからどう動くか、結界の揺れと魔力の痕跡から割り出してみせてくれ』


「了解しました」


 私は深く息を吸い、塔全体に魔力を満たした。


 視界の端で、魔術板の上に、谷の立体図と結界の層が重ねて表示される。

 外殻、防御層、緩衝層、内部生活区――それぞれの魔力の流れが、淡い光の線となって浮かび上がった。


『セイジュ団長、何かあれば横から止めてくれて構わんぞ』


 リカルド副団長の声に、別の低い声が重なる。


『必要ない。――おまえが決めた条件だ。最後までやれ』


 セイジュ様らしい、容赦のない返答だった。


 けれど、その声音の奥に、ごく薄いが確かな信頼の色が混じっているのを、私は知っている。


「それでは、演習を開始します」


 自分の声が、思ったよりもよく通った。


     ◇


 最初に揺れたのは、北側斜面の外殻層だった。


 結界図の一部が、かすかに色を変える。

外からの魔力弾が当たり、緩衝層に吸収された合図だ。


「北斜面、第二支隊。防御陣、三段目まで展開。緩衝層への負荷を下げます」


『了解!』


 水晶板の向こうで、複数の声が重なる。

 魔力の流れが変わり、負荷が均等になるのが見えた。


 続いて、東側。今度は突撃を模した魔力の衝撃。

 そのたびに、私は結界の厚みを微調整し、必要な場所へと魔力を再配分していく。


 ……ここまでは、想定通りだ。


 外からの攻撃はパターンが読みやすい。

 問題は――内部からの揺らぎだ。


「ノエル、内部区画のログ、リアルタイムで重ねてください」


「はいっ」


 少年が魔術板に手をかざす。

 谷底の建物群の上に、薄い光の格子がかかる。


 その瞬間だった。


 内部生活区の一角、倉庫を模した建物の周辺で、魔力の流れが一瞬だけ滞った。


「……今の、見ましたか?」


「えっ、どこですか?」


「南東のブロックです。第三倉庫の周辺」


 私は指先でその部分を拡大する。


 緩衝層の魔力が、ほんの一瞬だけ濁り、すぐに元に戻っていた。

 たとえるなら、きれいな水面に小石を投げ込んだときの、あの一瞬の波紋のような。


「第三倉庫周辺、内部巡回隊に確認を。魔力感知に敏い者を向かわせてください」


『第三倉庫だと? 了解した』


 リカルド副団長の声が、わずかに低くなる。


 数呼吸後、別の声が届いた。


『こちら巡回隊。第三倉庫周辺、特に異常は――って、あれ?』


『報告しろ』


『倉庫の壁に、妙な補助陣が……防寒用かなと思ったんですが、結界の流れにちょっと噛んでる感じがします』


 補助陣。防寒用を装った、結界干渉用の小さな魔法陣。


 私は思わず唇を引き結んだ。


「あれが犯人役の仕込みですね」


『そういうことだろうな。場所の選び方がいやらしい』


 リカルド副団長が舌打ち混じりに言う。


『第三倉庫周辺、補助陣を残したまま封鎖。誰も触れるな。制御塔で解析する』


「ありがとうございます。ログの波形から、構造はおおよそ把握できます」


 私は魔術板に指を滑らせ、先ほどの濁りの波形を拡大した。


 魔力の流路をほんの少しだけ偏らせる、細工の細かい陣だ。

 このまま放置しておけば、緩衝層にストレスが蓄積し、いずれは防御層の一部が薄くなる。


 ……やり口が、どこかで見たことがある。


 王都地下の大結界中枢で、何度も見た嫌な癖だ、と直感した。


(この癖……)


 胸の奥で、古い記憶がざらりとした手触りを立てた。


 アストリアの古い貴族たちが好んで使っていた、見た目だけ整えて中身をごまかすやり方。

 それに、妙に似ている。


「主任?」


「失礼、少し考え込んでいました。――大丈夫です。今の段階なら、影響はごくわずかです」


 私は意識を現在に引き戻し、次の指示を飛ばす。


「内部巡回隊の配置を少し変えます。第三倉庫周辺に、人の出入りを意図的に増やしてください。犯人役が焦れて次の手を打つはずです」


『了解。……本物のスパイ相手でも、その手でいけそうだな』


 半ば感心したような声が返ってくる。


 その後も、内部のあちこちで、ごく小さな濁りが立った。

 倉庫の影、見張り台の足元、給水設備の裏。


 そのたびに私は、結界の流れを微調整しながら、波形の癖を頭の中に刻み込んでいく。


 魔力の質感、揺れ方、戻り方。

 何度も見ているうちに、ひとつの共通点が浮かび上がった。


(この系統――)


 貴族院で見かけた、ある家の紋章。

 彼らが使っていた儀式魔法の線の癖と、よく似ている。


 名前を出すには、まだ確証が足りない。

 けれど、手がかりとしては十分だ。


『――演習終了! 全隊、持ち場を維持したまま待機!』


 リカルド副団長の声が、ようやく終了の合図を告げる。


 私は大きく息を吐いた。


「主任、お疲れさまです!」


「あなたも、よく頑張りましたね」


 ノエルがぱあっと笑う。


「結界の揺れ方だけで、ここまで分かるなんて……やっぱり、ぼくの師匠はすごいです!」


「師匠と呼ばれるのは、まだくすぐったいですね」


 苦笑しながら、私は最後のログ保存を終えて魔力の手を離した。


 制御塔の窓から見える谷底では、隊員たちがそれぞれの持ち場で肩の力を抜き始めている。

 カイルがこちらを見上げ、ほんの少しだけ口元を上げた気がした。


 ――外様の女、ね。


 外から来たからこそ見える揺らぎもあるのだと、今なら静かに思える。


 塔の壁に背を預けて息を吐くと、視線を感じて顔を上げた。


「……外様だからこそ見えるものも、たしかにあります」


 そう呟くと、セイジュ様が短く「そうだろう」とだけ返す。その声音に、十分な肯定と信頼が滲んでいた。


「――さて。副団長の試験結果を、まとめに行きましょうか」


 この国で、外様として迎えられた私が。

 今度は、この国の内側に巣食う影を、ひとつずつ炙り出していく番だ。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも「続きが気になる」「このキャラ好きかも」と思っていただけたら、ブックマークや評価をぽちっとして応援してもらえると、とても励みになります。

皆さまの一票が、この物語の“次の一歩”になります。これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。


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