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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第7章 ガルディア内部の問題

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第42話 スパイ疑惑?

 その朝の会議室は、冷たい。


 長机を囲む魔導師たちの視線が、壁際の魔術板に突き刺さっている。

 白い板の上には、魔力で浮かぶ複雑な魔方陣の一部。


 見慣れた線だった。外殻防御層と生活圏の間に走る緩衝層、その流れを整える補助陣。

 線の太さ、角度、結び目の位置。


 全部、私が徹夜で悩んで決めたものだ。


「……新型国境結界案、第3層の補助陣ですね」


 自分でも驚くほど落ち着いた声で、そう告げる。

 魔術板の前に立つセイジュ様が、短く頷いた。


「ああ。アリアの案から、必要な部分だけ抜き出した図だ」


 銀の視線が、再び板へ戻る。


「先日、北方国境の監視所で押収された書類の写しだ。ガルディアの公式図面ではない。『アストリア行きの商隊』の荷物の中から、これが見つかった」


 国境防衛の要となる新型結界案。

 その一部とはいえ、設計図が国の外へ流れようとしていた。

 しかも、行き先は私の古巣、アストリア。


「商隊の身元は洗ったのか」


 低い声で問うたのは、副団長のリカルドだ。


「はい、副団長」


 返事をしたのは、書類を抱えた若い魔導師、カイル。


「商隊そのものは、以前から何度も出入りしている老舗です。問題の書類は、荷物検査の際、商人のひとりが慌てて隠そうとしているところを発見されました」

「その商人は?」

「取り調べ中です。本人は『ただの儲け話だと思った』『どこかの魔導師が、売れば高く買ってくれると』と言っています」


「元の図面にアクセスできる人間のリストは?」


「塔の研究班の一部と、魔導師団の中核メンバー、あとは国王陛下と数名の文官です」


 カイルが読み上げる名前の中に、私もいる。


 アリア・レイン。

 アストリア王国で大結界の維持を担っていた元・婚約者令嬢。

 今はガルディア王国の、国境結界プロジェクト主任。


「……要するに」


 重い沈黙を破ったのは、中年の魔導師だ。

 王都駐屯の古参で、貴族家系と繋がりが深いと噂される人物。


「結界案の中心にいる誰かが、アストリア側と通じている可能性がある、ということですな」


 淡々とした声。

 けれど、次の一言にははっきりとした棘があった。


「外様の魔導師を中心に据えるなど、最初から危うい橋だとは思っておりましたが」


 視線が、まっすぐ私に向く。


 ああ、やっぱり来た。


 内心でそう呟きながらも、表情筋だけは平静を装う。

 ここで顔色を変えたら、相手の物語に組み込まれてしまう。


「お言葉ですが」


 先に声を上げたのは、リカルドだ。


「今の発言は、アリア個人への疑いと受け取っていいのか?」


「いや、副団長殿。私はただ、危険性を指摘しただけで――」


「言葉を濁すな」


 セイジュ様の声が、静かに落ちた。


 感情を抑えた低い声音。

 それだけなのに、空気の密度が一段階変わる。


「アリア・レインを名指しで疑うなら、はっきりそう言え。それとも、遠回しに印象だけ悪くするつもりか」


 会議室の隅で、誰かが小さく息を呑んだ。


「い、いえ、団長。私はただ、その、アストリア出身である以上、向こうとの繋がりを完全に断ち切れているとは限らないのではないか、と」


 アストリア出身。


 その一言が、針のように突き刺さる。


 否定はできない。

 私の魔力も技術も、もともとはあの国のために磨かれたものだ。


 でも。


 だからこそ、今ここで曖昧に笑ってやり過ごすわけにはいかない。


「団長様」


 私は席を立ち、まっすぐセイジュ様を見る。


 銀の瞳が、一瞬だけ揺れた。

 すぐに、いつもの冷静な光に戻る。


「アリア」


「発言を、許可していただけますか」


「ああ」


 短い許可の言葉に、胸の奥がすっと静まる。


「今のご指摘について、技術担当として、そしてアストリア出身者として、お答えします」


 会議室中の視線が、一斉にこちらへ向いた。


「まず前提として。今回漏れていた図面だけでは、新型結界を完全に再現することはできません。補助陣の一部のみであり、地脈との接続式も、制御層との連動式も抜け落ちています。もしこれをもとに無理に真似をすれば、最悪、結界そのものが暴走する危険があります」


 技術の話を始めると、自然と呼吸が整っていく。


「つまり、情報は『価値はあるが、致命的ではない』部分に限定されている。意図的にそう選ばれた、と見るべきでしょう」


「意図的に、か」


 リカルドが腕を組む。


「致命傷にはならない程度の情報だけ流して、信用を得るため、ってところか」


「その可能性は高いと思います」


 頷き、続ける。


「そしてもうひとつ。今回の図面には、私がガルディアへ来てから追加した修正が反映されています。アストリア在任中に残してきた研究データとは、細部が異なります」


 だからこそ、余計に悪質だ。


「私が意図的にアストリアへ情報を流したのであれば、わざわざこちらの修正を含めた不完全な図ではなく、もっと完成度の高い案を送るはずです。あちらにとっても、そのほうが有益でしょうから」


 一瞬、空気が止まる。


「……論理としては、筋が通っているな」


 リカルドの低い声が、沈黙を切り裂いた。


 セイジュ様は、何も言わない。

 ただ、私を見ている。


「それでもなお、私に疑念を抱く方がいるのなら」


 私は、静かに言葉を継いだ。


「その疑いを晴らす責任も、私にあると思っています。ですから――」


 まっすぐ告げる。


「今回の情報漏洩の調査、その技術面の主導を、私に任せてください」


 会議室が、固まった。


「……は?」


 さっきの中年魔導師が、素っ頓狂な声を上げる。


「な、何を言っているのですか。疑いのある者を、調査の中心に置くなど――」


「だからこそ、です」


 自分でも驚くほど、声は安定していた。


「疑わしいと感じるなら、一番怪しい場所を、一番よく見える位置に置いておくべきです。隅に追いやって見えないところで動かれるほうが、よほど危険でしょう?」


 会議室のあちこちで、小さな笑いが漏れる。

 張り詰めた空気が、少しだけ緩んだ。


 カイルが、半ば呆れたような顔でこちらを見る。


「……主任は、ときどき本当に、えげつないことをさらっと言いますね」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 前にも似た会話をした気がして、内心で苦笑する。


「技術的な分析と、アクセス権の洗い出し、魔術式の流出経路の推定。それは、誰かがやらなければならない仕事です。私がやります」


 逃げない。

 疑いからも、責任からも。


「もちろん、調査の内容と結果は、団長様と副団長殿に逐一報告します。判断は上にお任せします。ただ、技術面の指揮だけは、私にください」


 しん、と静まり返った会議室の中で、椅子の軋む音だけが響く。


 最初に口を開いたのは、セイジュ様だった。


「……おまえは、いつもそうだな」


 少しだけ呆れたような、それでいて柔らかい響き。


「逃げ道を作る前に、自分から一番面倒な道を選ぶ」


「癖のようなものです」


 肩をすくめると、銀の瞳がわずかに細められた。


「いいだろう」


 短い言葉に、胸の奥が熱くなる。


「今回の調査技術担当は、アリア・レイン。副団長、現場調整と人員配置は任せる」


「了解した」


 リカルドが即座に頷く。


「俺も、アリアのほうが都合がいいと思っていたところだ。どうせ技術の話は、あとで全部おまえに聞きに行く羽目になるしな」


「最初から一緒にやったほうが早い、という理屈ですね」


「そういうことだ」


 軽口を交わしながらも、その眼差しは真剣だった。


「ただし、アリア」


 セイジュ様の声が、少しだけ低くなる。


「自分ひとりで抱え込むな。調査はチームでやる。危ない橋を渡るときは、必ず誰かを連れていけ」


「……はい」


 素直に頷く。


「それと」


 銀の瞳が、ほんの一瞬だけ柔らかく揺れた。


「おまえがどこの国の出身だろうと、俺の判断は変わらん。その点だけは、余計な心配をするな」


 心臓が、一拍跳ねる。


「……了解しました」


 それ以上何かを言えば、声が震れそうで。

 私は、深く一度だけ頭を下げた。


◇◇◇


 会議が終わると同時に、私は資料一式を抱えて副団長室へ向かった。


「お疲れ。まあ、座れ」


 リカルドが椅子を引いてくれる。

 机の上には、すでに新しい地図と名簿が広げられていた。


「仕事が早いですね」


「こういうのは、さっさと始めちまったほうが楽だ」


 リカルドは地図の一角を指で叩く。


「まず、押収地点。ここからアストリア側の関所までのルートに、どんな中継地点があるか洗う。そこに出入りしている魔導師や役人の名簿もな」


「図面の流出元候補としては、塔の研究班と団の中核メンバーが優先、ですよね」


「ああ。だが、最初から犯人探しを前提にすると、足元をすくわれる。まずは事実だけ積み上げるぞ」


 事実だけ。


 感情でも噂でもなく、見えるものだけを並べる。

 それは、大結界の診断で私がやってきたことと同じだ。


「……アリア」


 不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。


「はい?」


「さっきの会議で、よくあそこまで言ったな」


「必要なことを言っただけです」


「そうか」


 短く笑ってから、彼は肩をすくめた。


「黙って疑われるのは、おまえの性格に合わねえだろ。だったら、正面から殴り返すほうがいい」


「殴り返す、ですか」


「結果でな」


 その言葉に、胸の奥が小さく震えた。

 歓迎会の夜、「結果で黙らせればいいだけですから」と笑った自分を思い出す。


「はい。……結果で示します」


 今度は、はっきりとそう言えた。


◇◇◇


「ひどい顔してるわね」


 副団長室を出たところで、廊下の角からひょいと顔を出したのは、リゼットだった。


「……そんなにひどいですか?」


「目の下、少しだけ赤いもの。泣きはしなかったみたいだけど」


「泣くほどのことではありません」


 そう答えると、彼女はくすっと笑った。


「そういうところ、ほんとアリアらしいわね」


 リゼットは私の隣に並び、歩調を合わせる。


「で? 調査の主導を買って出たって、本当?」


「本当です。もう噂になっているんですね」


「団の中の情報網を甘く見ないこと。さっき廊下を歩いていたら、もう『外様なのに腹が据わってる』って話題になってたわよ」


「褒め言葉と受け取っておきます」


「正解」


 リゼットは笑い、指先で私の額をこつんとつついた。


「倒れる前にちゃんと休むこと。調査で徹夜なんてしたら、私が団長に文句を言いに行くから」


「それは、団長様にとっては理不尽では」


「細かいことは気にしない」


 けろっと言い切る顔がおかしくて、思わず笑ってしまう。


「リゼットさんは、調査に?」


「もちろん協力するわよ。治癒と幻術の担当として、聴取の場にもついていく。嘘をついてる人の脈と瞳孔の動きくらい、見れば分かるから」


「それは……本気で言ってます?」


「半分本気、半分は雰囲気。大事なのは、『見られている』と思わせることよ」


「……お願いします」


「任されたわ、主任さん」


 彼女はいたずらっぽく笑った。


 塔の廊下には、昼の光が差し込んでいる。外見だけは、いつもと変わらない穏やかな日常だ。

 けれど、その下で流れる魔力は、国境の向こうとこの国の内側からの圧で、少しずつきしみ始めていた。


 それでも。


「……大丈夫です」


 小さく、けれどはっきりと呟く。


「結果で示しますから」


 噂でも疑いでもなく。

 誰かの都合のいい物語でもなく。


 私自身の選んだ結末で、答えを出す。


 そのための調査が、今、始まる。


 そう思った瞬間、胸の奥に絡みついていた見えない鎖が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回はついに「スパイ疑惑」で、アリアが真正面から今の自分を名乗り出る回でした。

国籍ではなく「どちらの結界を守る側か」で線を引く彼女の選択が、今後の波乱につながっていきます。

「続きが気になる」「アリアがんばれ!」と思っていただけたら、ぜひ評価やブックマーク、感想をぽちっとしていただけると、とても励みになります。


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