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「連載版」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第7章 ガルディア内部の問題

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第41話 貴族派と実力主義派

 貴族院を出て、そのまま王城の転移陣で研究塔へ戻った。


 足元の魔方陣が光を収めた瞬間、全身の力がどっと抜ける。

 魔力的な疲労ではない。言葉ばかりを投げ合ったあとの、厄介なだるさだ。


「……ただいま戻りました」


 転移室の番をしている若い団員にそう告げると、彼は驚いたように目を瞬かせ、それから慌てて敬礼した。


「お、おかえりなさいませ、主任! 団長と副団長が、戻られたらすぐ執務室にと」

「分かりました。ありがとうございます」


 やっぱり、すでに話がいっている。


 私はローブの裾を整え、魔導師団本部棟へ続く廊下を歩き出した。

 貴族院の重たい空気はもうない。けれど、こっちはこっちで、別種の緊張が漂っている。


 戦場の匂いと、政治の匂い。

 どちらも、結界の揺れ方に、ささやかな形で刻み込まれていく。



 団長執務室の扉をノックすると、中からセイジュ様の低い声が返ってきた。


「入れ」


 扉を開くと、部屋の空気が、いつもより少しだけ硬いのが分かった。

 大きな机の手前に丸テーブル。そのテーブルを挟んで、セイジュ様とリカルドさんが向かい合っている。

 机の上には、貴族院の紋章が押された書類の束と、人事表と地図。


 完全に、政治モードだ。


「戻りました」


 私が軽く頭を下げると、二人の視線がこちらを向く。


「ご苦労だった、アリア」

「おかえり、主任殿。いや、今日は“外様代表”と呼ぶべきかね?」


 リカルドさんが、冗談めかして肩をすくめる。


「その肩書きは、あまり欲しくないですね」


 苦笑しながら、私は二人の近くの椅子に腰を下ろした。

 座った途端、さきほどまで張り詰めていた背筋が、少しだけ椅子にもたれかかる。


「議長はバルツ公だったな」


 セイジュ様が、書類に目を落としたまま尋ねてくる。


「はい。エルンスト・バルツ公爵閣下が、議長席に」


「ふむ。顔ぶれは?」


「ざっと見た限りでは、北方領の伯爵家が数名と、中央の名門公爵家、それから……」


 私は、頭の中で席順を思い出しながら、見覚えのある紋章や名を挙げていく。

 議長席の背後には、古い家系らしい一団。反対側には、まだ若い伯爵や子爵たち。


「やっぱりな」


 私の報告を聞きながら、リカルドさんが紙の端を指でとんとんと叩いた。


「古株の名門貴族派が半分。新しめの実務派が半分。真ん中に、バルツ公のような調整役」

「綺麗に分かれていたな」


 セイジュ様が低く言う。


「アリア、さっきの会で、何を聞かれた」


「一番分かりやすいのは、『今の私はどの国のために動いているのか』ですね」


 私は、先ほどのやり取りを簡潔に要約していく。

 ガルディアのために動いていること。

 けれど、自分は政治家ではなく、魔導師であり研究者であること。

 守りたい人と、続けたい研究のために動くと明言したこと。


 話しているうちに、セイジュ様の視線が少しだけ柔らかくなった。


「……おおむね、想定通りの答えだな」

「団長の想定より、少しだけまっすぐだった気もしますけどね」


 リカルドさんが、口の端を上げる。


「もっと濁した答えもあったろうに、“守りたい人たち”なんて言葉を出せば、あっちの何人かは余計にザワついただろうさ」


「聞こえていましたか」


「バルツ公の側近が、さっそくここにメモを回してきてな」


 リカルドさんが、机の上の一枚を持ち上げる。

 羊皮紙の端には、あの応接室での発言が数行だけ抜き書きされていた。


「『彼女は感情よりも分析を優先するが、守る対象を決めたら揺るがないタイプ』だとよ。――的確っちゃ的確だ」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 苦笑しながら答えると、セイジュ様が指で机を軽く叩いた。


「問題は、そこから先だ」



「アリア。さっきおまえが立たされていた場は、ただの確認会ではない」


 セイジュ様の声が、少しだけ低くなる。


「古い名門貴族派と、王と宰相が推す実力主義派。その境目を、おまえの存在で区切ろうとしていた」


「区切る、ですか」


「ああ」


 彼は、机の上の地図を一枚めくった。

 貴族院議員の名簿と、簡単な属性が記されている。


「元々この国は、土地と血筋で権利を主張する連中が多かった。『先祖代々の領地を守ってきた』という歴史は、確かに尊ぶべきものだ」


「ですが」


「だが、歴史だけでは魔物は止められん」


 銀の瞳が、冷ややかに細められる。


「アレクシス陛下は、王位を継いだときから、実力主義を少しずつ押し出してきた。魔導師団長に平民出の天才を据えたのも、その一環だ」


「平民出、と言っても、今や団長ですけどね」


 リカルドさんが肩をすくめる。


「で、その団長が、他国から逃げてきた外様の女を、国境結界プロジェクトの主任に据えた。土地も血筋も、この国とは縁遠い人間を、だ」


「そう言われると、すごく目立つ配置ですね、私」


 妙な気恥ずかしさと、背筋の冷たさが同時に押し寄せてくる。


「そこで、古い名門貴族派は考えるわけだ」


 セイジュ様が、淡々と続けた。


「『外様の才女を重用する陛下と宰相、そして団長』対『由緒正しい我ら』という構図になれば、自分たちは“伝統側”の旗を掲げられる」


「……つまり、私を軸にして、勝手に陣営を分けようとしている、と」


「そういうことだ」


 リカルドさんが片手を上げてみせる。


「名門貴族派の連中は、“血筋で選ばれなかった者”が上に立つのが気に食わねえ。だから、『いかに危なっかしいか』を強調したい。今日の確認会は、そのための材料集めでもあった」


「一方で、陛下や宰相の側から見れば、アリアの存在は『血筋に頼らずとも、国を守れる』という示しにもなる」


 セイジュ様が、静かに言う。


「おまえが結果を出せば出すほど、実力主義派は声を大きくできる。だからこそ――」


「だからこそ、私は“実力主義派の象徴”みたいに扱われてしまう、と」


 自分で言葉の続きを口にしていた。


 象徴。旗印。便利な看板。


「正直に言う」


 セイジュ様が、まっすぐこちらを見る。


「おまえは、すでに巻き込まれている形だ、アリア」


 胸の奥が、きゅっと縮む。


「巻き込んだのは、誰かというとだな」


 リカルドさんが、わざとらしく咳払いをして、セイジュ様を親指で指した。


「うちの団長様なんだけどな?」


「否定はしない」


 即答だった。

 セイジュ様は、少しも悪びれた様子もなく続ける。


「おまえの才覚を最大限に活かすには、王と宰相の後ろ盾が必要だった。そのためには、多少の政治的な“見せ札”になることも避けられない」


「……覚悟はしていました」


 私は膝の上で、指を組む。


「アストリアを出るときから、どこかの誰かの都合に、程度の差はあれ絡め取られるのだろう、とは」


「だが」


 セイジュ様の声が、わずかに柔らぐ。


「アストリアのときと違うのは、“おまえの意思を聞いたうえで”話を進めていることだ。少なくとも、王と宰相と俺に関してはな」


「そうだな」


 リカルドさんが頷く。


「アリア嬢。おまえが嫌がるなら、団長は貴族院への説明の仕方を変える気でいた。――なあ?」


「事実だ」


 さらりと言われて、言葉に詰まる。


「そんな顔をするな」


 セイジュ様が、わずかに口元を緩めた。


「俺は政治の駆け引きはできるが、好きでやっているわけではない。おまえを前に立たせておいて、自分は後ろで笑っているつもりもない」


「……ありがとうございます」


 本音を言えば、怖くないわけがない。

 貴族院の視線も、名門貴族派の思惑も。


 それでも、こうして正面から説明されると、少なくとも一人で背負わされているわけではないのだと分かる。



「とはいえだ」


 少し呼吸を整えてから、私は口を開く。


「私は、旗印になりたいわけではありません」


 自分でも驚くくらい、言葉はすっと出てきた。


「今日の確認会で、はっきりしました。私は、誰かの陣営の看板になるためにここへ来たわけではない、と」


 セイジュ様とリカルドさんが、静かにこちらを見る。


「私は、自分の守りたい人と、続けたい研究のために動くと決めました。……さっきも、そう答えました」


 貴族院の応接室。重たい空気の中で、言葉を選びながら発した自分の声を思い出す。


「その結果として、『実力主義派にとって都合がいい存在』に見えるのなら、それ自体は否定しません。でも」


「でも?」


「私の意思を無視した“旗”として扱われるのは、嫌です」


 胸の奥にあった小さな棘が、ようやく言葉になった。


「アストリアでは、私の意思はほとんど考慮されませんでした。大結界を維持していればいい、と。どんな政治的な利用をされるかは、私の知ったことではない、と」


 王の冷たい視線。

レオンの、都合のいい言葉。


「同じことは、もう繰り返したくありません」


 それだけは、守りたい。


 視線を上げると、銀の瞳が真正面から受け止めてくれた。


「――それでいい」


 セイジュ様が、はっきりと言う。


「おまえは政治家ではない。国境結界の技術者であり、研究者だ。その立場を崩す必要はない」


 胸のどこかがほどける。


「政治のためにおまえを使うかどうかを決めるのは、王と宰相と俺だ。おまえは、『この案は防衛と避難のために有効か』『現場が生き残れるか』だけを基準に、意見をくれればいい」


「そうそう」


 リカルドさんが笑う。


「旗印ってのはな、旗そのものに責任を押しつけるもんじゃない。柄を持つ側の責任だ。揺れが強すぎりゃ、持ってるほうが踏ん張らなきゃならん」


「……旗の柄、ですか」


「王と宰相と団長。それに、まあ、副団長の俺もちょっとは含めてくれていい」


 軽口に、思わず笑いが漏れた。


「ありがとうございます。本当に、心強いです」



 ほんの少し空気が緩んだところで、私は改めて、自分の中の言葉を探した。


「……整理しておきたいので、言わせてください」


「いいだろう」


「私は、政治家ではなく技術者です」


 貴族院で言った言葉を、今度は味方の前で、もう一度口にする。


「私は、魔導師として、研究者として、この国境を守るための仕組みを考える立場です。誰を出世させるか、どの家の発言力を強めるか、といった話には、関わるつもりはありません」


 それは、逃げでもあり、自衛でもある。


「その代わり」


 私は、机の上の地図に視線を落とした。

 ガルディアとアストリアの国境線。魔物の出現頻度が高い山脈。人の生活が集まる平野。


「研究と防衛に必要な範囲でなら、遠慮なく口を出します」


 魔力の流れ。避難経路。補給線。


「『この配置では民間人が逃げ遅れます』『ここを削れば結界が破綻します』『この命令系統では現場指揮が混乱します』。そういったことには、はっきりと異議を唱えさせていただきます」


 それが、私にできる最大限の“政治参加”だ。


「それ以外の駆け引きについては……信頼できる人たちに、お任せしたいです」


 顔を上げると、セイジュ様と目が合う。


 彼は、一拍置いてから、小さく息を吐いた。


「全面的に歓迎しよう」


「ありがとうございます」


「おまえが『ここは違う』と言ったときは、遠慮なく殴り合い覚悟で王と宰相と話をする」


「さらっと物騒なことを言わないでください」


 思わずツッコミを入れると、リカルドさんが苦笑した。


「いやあ、団長がそういう顔をして王とやり合うの、ちょっと見てみたい気もするけどな」

「余計な想像をするな」


 軽口が飛び交ううちに、さっきまで胸の奥で固まっていた不安が、少しずつ溶けていく。



 執務室を辞したあと、私はしばらく、団本部の廊下を当てもなく歩いた。


 窓の外には、王都の街並み。

 昼と夜の境目が、ゆっくりと街を染めていく時間帯だ。


「……政治家ではなく、技術者」


 さっき口にした言葉を、小さく反芻する。


 誰かの陣営に名前を連ねるためではなく。

 誰かを出し抜くためでもなく。


 守るために。逃げ道を作るために。

 そのために必要な範囲だけ、権力のテーブルに手を伸ばす。


 それなら、きっと私にもできる。


 窓ガラス越しに、遠くの北方の空を見上げた。


 国境の向こうから忍び寄る瘴気と、王都の中で静かに燃え始めている政治の火花。


 両方を同時に相手にするには、私一人では足りない。

 だからこそ、今のうちに決めておく。


 私は、私の立場を、私のやり方で使う。


 研究と、防衛と。

 そして、守りたい人たちのために。


 その芯さえ見失わなければ――たとえどんな陣営に名前を並べられようと、きっと進む方向は間違えないはずだ。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は「政治のテーブル」の外側に立とうとするアリアのお話でした。

彼女の選んだ立ち位置、皆さんはどう感じたでしょうか?

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