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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第6章 結界研究と新魔術

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第39話 国境結界プロジェクト、前線仕様

 北方国境の地図が、会議室の中央に広げられていた。


 厚い羊皮紙の上に、赤と青と黒の印がびっしりと刻まれている。魔物の出没頻度、既存結界の強度、瘴気の濃さ。ノエルの計測器が吐き出したデータを、私が徹夜で整理したものだ。


 その地図を、国王陛下と宰相ユリウス様、セイジュ、軍の上層部が囲んでいる。


「……以上が、現行の国境防衛線の状況です」


 私は説明を締めくくり、軽く一礼した。


 静かな沈黙が落ちる。


 最初に口を開いたのは、宰相ユリウス様だった。


「相変わらず、容赦のない数字だな、レイン嬢」


 苦笑混じりの声に、私も肩をすくめる。


「事実をやわらかくする魔術は、まだ開発できていませんので」


「それは惜しい。あれば政治の七割は解決しそうだが」


 場がわずかに和む。けれど、地図の上に並ぶ印は変わらない。


 北方国境。山脈と谷に挟まれた、危ういライン。


 アストリア側の大結界が薄くなり、その波がこちらにも押し寄せている。報告書を読んだときから、胸の奥がずっと冷たい。


 国王陛下が、ゆっくりと椅子にもたれた。


「アリア・レイン」


「はい、陛下」


「おまえの提案する新型結界を、北方国境に試験配備する。そう判断すると言ったな」


「はい。王都周辺で運用している結界ネットワークを、前線仕様に簡略化したものです。地形と魔力炉の規模に合わせて調整すれば、既存の防御線と組み合わせて、瘴気の波をかなり抑え込めるはずです」


 私は、地図の上に小さな木の駒を置きながら説明する。


「外側は、ガルディア式の物理防御と連動した衝撃吸収層。その内側に、魔力の流れを整える緩衝層。そして一番内側は、都市と避難所を守る保護層です。三重構造にすることで、どこか一部が破れても、全体崩壊を防げます」


「グラナの外壁に使うと言っていた形か」


 セイジュが、腕を組んだまま低く尋ねる。


「はい。あの国境都市は、地形的に守りを固めやすいですから」


 私の言葉に、軍務大臣が眉をひそめる。


「しかし、それだけ大規模な結界だ。維持するには、相当な魔力が必要になるのではないか?」


「ですから、現地の魔導師だけで背負わせるつもりはありません」


 私は木駒をひとつ、地図の外側に移動させた。


「王都の研究塔と国境を繋ぐ魔力回線を引きます。塔の魔力炉から供給される基礎魔力を、国境側の魔力炉で一度受けて、そのうえで現地の魔導師たちが微調整を担当する形です」


「……国の神経を延ばすようなものか」


 ユリウス様が、感心したように目を細める。


「そうですね。いざというときには、ここから結界の再配分もできます」


 アストリアの大結界でやっていたことを、今度はこの国でやる。


 ただし、ひとりで抱え込むのではなく、きちんと分担しながら。


 そう告げると、国王陛下は静かに頷いた。


「魔力の供給と構造については、信じよう。問題は……」


 そこで、陛下の視線が一瞬だけ、私とセイジュの間を往復する。


「おまえ自身を、前線に出すことだ」


 部屋の空気が、少しだけ鋭くなった。


 まあ、そうなるだろう。


 私は真っ直ぐ王を見た。


「結界の調整には、現地での実測が必要です。遠隔だけで完璧に仕上げられるほど、私は万能ではありません」


「しかし、危険だ」


 先に反応したのは、やはりセイジュだった。


 団長としての声色。けれど、私にはその奥の個人的な心配も伝わってしまう。


「前線は王都とは違う。瘴気も魔物も、桁が違うぞ」


「存じています。二年前に、身をもって経験しましたから」


 国境でのSランク魔物との戦いが、頭をよぎる。


 あのときの私は、王家に縛られた便利屋令嬢だった。今の私は、ガルディアの魔導師だ。


「だからこそ、です」


 私は続ける。


「あのときの私は、守るべきものと、逃げ道の両方を抱えたまま、何もかも背負い込もうとしていました。でも今は、違います」


 視線を地図に落とし、北方国境のラインを指でなぞる。


「今の私の仕事は、このラインを守ること。必要な技術を提供して、現場の人たちが生き残れるようにすること。そのためなら、前線にも行きます」


 セイジュが、わずかに目を細めた。


「……本気か」


「はい。逃げるためにここに来たわけではありませんから」


 少しだけ笑ってみせると、彼の喉が小さく鳴った。


 国王陛下は、しばし沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。


「よかろう。アリア・レインを、北方国境視察兼結界調整役として派遣する。護衛兼監督として、セイジュ・アルバート団長も同行だ」


「陛下」


 セイジュが声を漏らす。陛下は片眉を上げた。


「おまえも、この案を推していたはずだが?」


「それは……アリアを前線に出さなくてもできる形で、だ」


「団長」


 私は思わず口を挟んでいた。


「私だけ王都に残して、机の前に縛り付けるつもりですか?」


「そのほうが安全だ」


「でも、それではきっと、現場で何度も困りますよ」


 私は、少しだけ意地悪く笑う。


「結界の仕様書を読むのは嫌いでしょう? 団長」


 会議室の片隅で、誰かが噴き出した。たぶんリカルドさんだ。


 セイジュが、むっとした顔で私を見る。


「嫌いではない。優先順位の問題だ」


「それを現場で言ったら、怒られますよ」


 こうやって軽口を叩けているうちは、大丈夫。


 彼は、しばらく黙ってから、諦めたように息を吐いた。


「……分かった。ならば行くしかないか」


 そして王に向き直る。


「団長として、責任を持って同行いたします。どんな危険があろうと、この国境線と……」


 一瞬だけ、彼の銀の瞳が私をとらえた。


「この国の結界技術顧問を守ると誓います」


 会議室の空気が、わずかに動く。


 私の頬が、じわりと熱くなるのを感じた。


 国王陛下は満足げに頷いた。


「よし。では、新型結界の前線配備と国境視察の件は決定とする。詳細な日程と部隊の編成は、宰相と団長に任せよう」


「はっ」


「畏まりました」


 ユリウス様とセイジュが同時に頭を下げ、会議は解散となった。



 会議室を出た途端、廊下の空気が急に軽く感じられた。


 長い会議のせいだけではない。背中に突き刺さる視線の種類が、ほんの少し変わったのだ。


「外様に国境防衛を任せるなんて……」


「陛下も思い切ったことを」


「とはいえ、あの結界技師の腕は本物だと聞くぞ」


「災厄の魔導師のお気に入り、だろう?」


 わざとらしくない程度のひそひそ声が、耳に届く。


 好奇心、警戒、不安、そして少しの期待。


 アストリアの宮廷で浴びていた視線とは、似ているようでどこか違う。


 私は足を止めず、そのまま歩き続けた。


 隣を歩くセイジュが、横目で私を見下ろす。


「気にするな」


「していませんよ」


 即答すると、彼はわずかに目を細めた。


「嘘だな」


「半分だけです」


 私は苦笑する。


「噂は、完全には消えません。でも、変えることはできます。便利屋だの、いじめっ子だのと言われ続けた身としては、ちょっとした特技ですから」


「特技にするな」


「結果で黙らせるのは、得意なんですよ」


 ここでは、少なくとも数字と成果を見てくれる人たちがいる。


 だったらそれを、全力で利用すればいい。



「主任、主任! 来ましたよ、最新バージョン!」


 研究塔の廊下を歩いていると、向こうからノエルが全力で駆けてきた。


 白衣の裾をひらひらさせながら、両手で大事そうに抱えているのは、金属と水晶でできた携帯型の計測器だ。


「ノエル、廊下は走らない」


 後ろから、メイド長マリアナさんの冷静な声が飛ぶ。


「すみませーん! でも今は非常事態でして!」


「非常事態ならなおさら、落として壊さないように歩きなさい」


 的確すぎるツッコミに、私は思わず笑ってしまった。


「で、その最新バージョンとやらは?」


「はいっ。北方国境用にチューニングした、結界状況リアルタイム可視化システムです!」


 ノエルが、得意満面で計測器を掲げる。


「前のは強度と歪みだけでしたけど、今回は瘴気の濃度と魔物の反応度まで色分け表示できます。さらに、塔の中枢とリンクさせれば、ここからでも国境の揺れが見えるように!」


「つまり、私が前線にいても、塔の解析班と同じ画面を共有できるわけですね」


「そうですそうです! 魔力的には、塔と国境が完全に夫婦状態です!」


「夫婦状態って何ですか」


 思わずツッコミを入れると、ノエルはきょとんと首をかしげた。


「だって、魔力循環のパターンが、さっきセイジュ様と主任の共同魔術のときと同じで……」


「ノエル」


 低い声が割り込んだ。


 振り返れば、セイジュが廊下の角から現れていた。


「詳しい説明は必要だ」


「ひっ……! いえ、その、技術的な話でして!」


 ノエルが慌てて計測器を抱きしめ直す。


「団長、脅かさないであげてください。ノエルは悪気なく爆弾を落とすタイプなんですから」


「自覚はある」


「あるんだ……」


 そんなやり取りをしながらも、私は計測器を受け取った。


 手のひらに伝わる微かな振動。内部を流れる魔力の循環が、確かに塔の中枢と繋がっているのが分かる。


「すごいですね。これなら、国境での再配分もずいぶん楽になります」


「でしょう! 主任が前線に行くって聞いて、徹夜で仕上げたんですよ!」


 ノエルが胸を張る。


「がんばってください、主任。僕も塔から全力でバックアップします!」


「心強いです。ありがとう」


 ノエルが元気よく敬礼し、そのまま研究室のほうへ走っていった。今度はちゃんと速度を落としているあたり、マリアナさんの指導は絶大だ。


 ふたりきりになった廊下で、セイジュがこちらを見る。


「荷物の準備は、どうだ」


「だいたい終わりました。前線用のローブと、簡易結界陣と、資料と……」


「書類は必要最小限にしろ。向こうでゆっくり読む暇はない」


「分かっています。でも、あれもこれも持っていきたくなるんですよね」


 私は苦笑した。


「初めてですから、ガルディアでの前線出張は」


 言葉にすると、少しだけ実感が増した。


 期待と、不安と、責任感。


 胸の奥で、いくつもの感情が絡まり合っている。


 セイジュが、ほんの少しだけ歩幅を緩めた。


「怖いか」


「……正直に言えば、少しだけ」


 嘘ではない。


 国境線の数字は、どれも穏やかなものではなかった。グラナの街で暮らす人々の顔は、まだ知らないのに、もう勝手に想像してしまう。


「でも、怖いだけなら、とっくに逃げています」


私は窓の外に目を向けた。


 研究塔の高い窓から見える空の向こうに、あの山脈がある。


 その向こう側には、薄くなった大結界の残骸と、まだ見ぬ災厄がいるのだろう。


「今の私は、この国の技術者で、この国境を守るプロジェクトの責任者です。だったら、自分の足で見に行かないと」


 セイジュが、少しだけ顔をそむけた。


「……そういうところが、好きだ」


「聞こえてますけど」


「聞こえるように言った」


 さらりと言われて、今度こそ顔が熱くなった。


「団長」


「なんだ」


「前線では、団長モードを優先してください。そうでないと、私も仕事に集中できません」


「善処する」


「善処、ですか」


 あまり期待できない返答だ。


 廊下の先にある自室の扉が見えてきた。


 扉の向こうには、半分詰め終わった荷物と、新しい前線用のローブが待っている。


 ここに来たとき、この塔は「居候先」だった。


 けれど今は違う。


 私は胸の中で、そっと言葉を噛みしめる。


 そして次に向かう国境は、私が守るべき場所だ。


 これが、ここでの私の初めての前線出張。


 それでも足取りは、前へと向かっている。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回はついにアリアが技師として国境最前線へ踏み出す決意回でした。

王都ぬくぬく生活は終了…? 

セイジュとの前線同行が、甘さと波乱をどう運んでくるのか、ぜひ見届けてもらえたら嬉しいです。

続きが気になる!と思っていただけたら、★評価やブックマークで応援してもらえると次話執筆の魔力になります。


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