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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第6章 結界研究と新魔術

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第35話 ガルディア式結界術の洗礼

 「先生」と呼ばれた翌日。


 私は、同じ訓練室のど真ん中に立たされていた。今度は教壇ではなく、床一面に刻まれた実技用の魔方陣の中心だ。


「……昨日と立場が逆ですね」


 壁際には黒い制服の団員たち。リカルド副団長、治癒担当のリゼットさん、ノエルは分厚いノートを抱え、カイルは魔術盤を操作している。

 一番奥には、昨日と同じく黒髪の団長様――セイジュ様。


「昨日はよく喋ったな、アリア」

「はい。人生で一番喋った日かもしれません」

「なら今日は、魔力に喋らせろ」


 物騒な言い回しに、思わず苦笑が漏れる。


     ◇


「今日はガルディア式の基礎だ」


 セイジュ様が魔方陣の外へ下がり、私の足元の紋様だけが淡く光る。


「アストリア式は詠唱しながら術式を積み上げ、魔力を流し続ける形だな」

「はい。長い詠唱で安定供給しつつ、結界や術式を編んでいくやり方です」

「ガルディア式は逆だ」


 彼は指を鳴らし、掌の上に光を灯した。


「先に魔力をまとめて圧縮する。詠唱は『圧縮した魔力をどう解放するか』の指示に過ぎない」


 光はぎゅっと縮み、拳大の濃い光球になる。そのまま肩越しに投げられ、訓練用木人の前で止まり、小さく弾けた。表面だけが丸く焦げる。


「圧縮して必要な分だけ解放する。無駄が少ない分、威力も制御もしやすい」


 リカルドが口笛を鳴らした。


「何度見ても、団長の基礎はえげつねえな」


「今からやってもらうのは初級版だ。親指の先ほどの光球を作る。詠唱は短くていい。問題は圧縮の感覚を身体で覚えることだ」


「……親指の先ほどですね」

「そうだ。おまえの魔力量なら、ほんのひとかけらで十分だ」


 その「ひとかけら」が一番難しい。

 大結界に魔力を流し続けていた身体は、どうしても全力に寄ってしまう。


「分かりました。やってみます」


 深呼吸して両手を前に出す。


「……私の魔力よ、小さく集まり、留まれ」


 掌の間に淡い光が灯る。それを内側に押し込んでいく。大結界に流す代わりに、掌の中へ。


 留める。留める。さらに――。


「アリア」

「はい」

「そこで止めろ」

「え、でもまだ少し薄いような……」

「薄いくらいでいい。おまえの『少し』は信用ならない」


 止めようとした瞬間、光がぴきっと軋んだ。


 次の瞬間、ぱんっと乾いた破裂音。眩い光が弾け、足元の陣が真っ白に染まる。


「きゃっ」


 衝撃は強いが、熱はほとんどない。訓練室の空気がぴんと張り詰める。


「……す、すみません」


 頭を下げると、リゼットさんが駆け寄ってきた。


「どこか焦げてない? 髪の先、ちょっと跳ねたくらいね」

「床の魔方陣も無事。被害は木人一体の表面焼きだけだ」


 リカルドが確認を終え、親指を立てる。私はそっとセイジュ様を見た。銀色の瞳と目が合う。


「つい、いつもの感覚で」

「見れば分かる」


 彼は小さく息を吐き、訓練室を見渡した。


「塔は多少の爆発には慣れている」


「ほらな、団長が一番爆発させてきたからな」

「昔は壁に穴が空くたび補修予算の会議だったわね」


 周囲のぼやきに笑いが起きる。


「でもでも! さっきの圧縮、暴発したのはともかく密度はかなり綺麗でしたよ!」


 ノエルの勢いに、思わず苦笑いがこぼれた。


     ◇


「もう一度だ。さっきの四分の一でいい」


「かなり減りましたね」


「さっきのを基準にすると、そのくらいが『ちょうどいい』」


 彼は私の背後に回り込む。


「圧縮するとき、腕に力を入れすぎている。肩の力を抜け」


 肩に軽く触れられ、心臓が跳ねる。


「力を入れるのは掌だけだ。腕や肩まで固めると、魔力の流れも固くなる」

「……はい。肩の力、抜きます」


 私は肩を上下させてから、再び掌を合わせた。


「魔力は胸から腕へ流す感覚だ。大河から水路に分岐させ、小さな水瓶にそっと注ぐ。おまえはすぐ洪水にするからな」

「自覚はあります」


 今度は意識して少なめをイメージする。大結界へ向けていた大河から、一滴だけ掬い取る。


「……私の魔力よ、ひとかけらだけ集まり、小さく留まれ」


 小さな光が灯る。さっきよりずっと弱い。それを、瓶の口を割らないようにそっと押し込む。


「そこで止めろ」


 息を止めて維持する。破裂音は来ない。


「……成功、ですか?」


 目を開けると、掌の間に親指の先ほどの光球がちょこんと浮かんでいた。


「今度はちゃんと『ひとかけら』だな」


 リカルドが拍手し、カイルも僅かに口元を緩める。


「そのまま詠唱を重ねろ」

「はい。集いし光よ、前へ進み、標を照らせ」


 光球はすっと飛び出し、木人の胸元で小さく弾けた。焦げ目が一つ増えるだけ。


「……地味ですね」

「基礎訓練だからな。その地味さを自在に操れるようになってからが本番だ」


 圧縮の感覚は、今までの結界術とはまるで違う。大結界では「全体を安定させる」よう広く薄く魔力を流していた。今は一点に濃度を高め、閉じ込めている。


「連続で三回」


 そこからは、ひたすら反復。少なすぎて消えたり、集中が途切れてしぼんだり、逆に濃度が跳ね上がって小さく爆ぜたり。

 そのたびにリゼットさんが擦り傷を癒やし、ノエルが波形をメモし、リカルドが安全確認を続ける。


「アリアさんの場合、普通の新人メニューだと道具が先に壊れちゃうのよ」

「否定できません……」


 何度目かの連続圧縮の最後、嫌な重さが掌に乗った。


「――まずい」


 反射的に足元の陣を踏み鳴らす。


「防壁」


 自分を覆う半球状の結界が瞬時に展開され、ほぼ同時に光球が弾けた。眩い閃光と衝撃は、すべて結界の内側で吸収される。


 光が消え、私はしゃがみ込んだ姿勢のまま結界を解除した。


「アリア!」


 駆け寄ってくる足音。セイジュ様だ。


「だ、大丈夫です。自爆結界、間に合いました」


 言いながら周囲を見ると、木人の一体の上半分がきれいになくなっている。


「威力だけならもう中級だな。木人の追加予算がまた飛ぶ」

「申し訳ありません……」

「木人はいくらでも買い足せる。人間が傷ついていないなら、それで十分だ」


 その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。

 アストリアの訓練は「壊さないように」が前提だった。ここでは、最初から壊していいものが用意されている。その違いが、こんなにも楽に息をさせてくれる。


     ◇


 日が傾き始めたころ、ようやく訓練は一区切りとなった。


「おつかれさま、アリアさん」

「ありがとうございます……今日はよく動きました」


 リゼットさんから濡れタオルを受け取り、壁にもたれかかる。魔力にはまだ余裕があるのに、筋肉が悲鳴を上げている。


「圧縮って、意外と体力を使うんですね」

「身体の使い方が違うからね。慣れたらもっと楽になるわ」


 少し離れたところでは、ノエルとカイルが魔術盤に映る波形を覗き込んでいる。


「見ろよ、この波。圧縮直前に独特な揺れが入ってる」

「アストリア式の『流しっぱなし』の癖かもしれないな。ここを切り分けられれば、新しい制御式のヒントになる」


 そこへ、名前を呼ばれた。


「アリア」


 顔を上げると、セイジュ様が近づいてくる。上着を脱ぎ、袖をまくった姿は、いつもより少し近く感じられた。


「初日であれだけの圧縮と展開ができれば上等だ。爆発も含めてな」

「そこ、含めなくていいところでは」

「爆発の仕方にも癖が出る。おまえの魔力のたわみは、結界の揺れとよく似ている」


「結界の揺れ、ですか?」


「地脈と魔力の流れが噛み合わないときに出る微妙なひずみだ。さっきノエルたちが見ていた波形にも、似たパターンがあった」


 空中に簡易投影が浮かぶ。ひとつは私の圧縮時の波形、もうひとつは以前小結界を修復したときに記録した地脈の揺らぎ。その線がいくつも重なっていた。


「……本当だ」


「おまえは無意識に『歪み』を拾いながら魔力を動かしている。大結界を相手にしてきた癖だろう」


 胸の奥で、何かがかちりと噛み合う。


「少し、書かせてください!」


 私は机の上のノートを掴み、床にしゃがみ込む。さきほどの波形を書き写し、その下に結界の層構造と地脈の接続点を描いていく。


「ここに小さな圧縮層を……いえ、蓄魔層として挟んで……」


 地脈からの揺らぎを一度圧縮層で受け止め、そこから時間をかけて緩衝層へ流す。

 今までの緩衝層は流れを広げて散らしていた。だがガルディア式の圧縮を混ぜれば、一度畳んでから広げることができる。


「薄い布を何枚も重ねた結界の間に、小さなバネを仕込む……揺れが来たときだけぎゅっと縮んで、ゆっくり戻る層……」


 頭の中に、新しい結界のイメージが立ち上がる。


「もし国境結界の第二層に組み込めたら、瘴気の急な波にも、もう少し余裕を持って対応できるかもしれません」


 顔を上げると、セイジュ様と目が合った。


「もう応用に行ったか」

「す、すみません。つい」

「謝るところじゃない。……面白いな。圧縮層をバネとして使うのか」

「ガルディア式は瞬発力重視の印象でしたけれど、こうして見ると結界内部にも応用できそうで」

「できる。おまえが式を描くならなおさらだ」


 銀色の瞳が細められる。


「ここでは、学べば学ぶほど、おまえの式は変わっていく。結界も魔術も、全部まとめてな」


 アストリアでは、ひたすら既存の式を維持するのが仕事だった。

 ここでは、新しい術式を学ぶたびに、組み合わせの可能性が増えていく。

 守るためだけだった力が、少しずつ「創る」ほうへ傾き始めている。


「……ここでは、学べば学ぶほど、できることが増えていきます」


 国境結界。ガルディア式の圧縮魔術。大結界で磨かれた感覚。

全部を組み合わせれば、きっと今までにない結界が作れる。


「だからこそ、気をつけろ」


 セイジュ様の声が少し低くなる。


「おまえが作るものは、どれも国の形を変えうる。だが、それを怖がって立ち止まるくらいなら、この国には来ていないはずだ」

「はい」


 即答すると、彼の口元に微かな笑みが生まれた。


「なら、好きに学べ。塔も魔導師団も、そのためにある」


 宣言のような声が訓練室に響く。焦げた木人、新しい魔方陣、残る魔力の余韻。

 私はノートを閉じ、胸の前でそっと抱きしめた。


 昨日は「先生」と呼ばれた。今日は、こうして「生徒」に戻る。

 そのどちらも許される場所に、今、私は立っている。


「……明日もよろしくお願いしますね、団長様」

「ああ。明日も、その次もだ。学べるだけ学べ、アリア」


 その言葉に背中を押されるようにして立ち上がる。


 ここでは、学べば学ぶほど、可能性が増える。

 その事実が、何よりも心強かった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

第35話はいよいよアリアが「守る結界」から「創る魔術」へ踏み出した転換回でした。

爆発だらけの訓練も、すべては新しい結界のヒントに…。

団長との師弟関係も少しずつ深まっていきます。

続きが気になる、と少しでも感じていただけましたら、感想や評価、ブックマークで応援してもらえると、とても励みになります!


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