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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第6章 結界研究と新魔術

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第34話 アリア式結界術講義

 講義用の資料を作り直す、と自分で言ったのは私だ。

 言ったのだけれど。


「……想像していた以上に、人が多いです」


 魔導師団本部の訓練室に立ち、私はこっそりとため息をついた。


 石造りの広い空間。模擬戦用の魔方陣が床一面に刻まれ、壁際には訓練用の木人や標的が並んでいる。

 普段なら魔力光や爆発音が飛び交っている場所に、今日は黒い制服の団員たちが整然と椅子を並べて座っていた。


 前列には、リカルド副団長とリゼットさん。

 その隣には、どこから持ってきたのか分からない分厚いノートを抱えたノエル。

 少し離れた位置には、腕を組んだカイルと、彼の後ろに控える何人かの魔導師たち。

 そして、一番後ろの壁際には、さりげなく立っている黒髪の人影。


 銀色の目と視線が合いそうになって、慌てて逸らす。


「団長様は、見学ということで」


 準備のときにそう言われたけれど、その「見学」が一番やりづらいんです。


「アリア様、水はここに置いておきますね」


 訓練室の片隅。簡易机の上に、マリアナさんが水差しとコップをそっと並べてくれる。


「ありがとうございます」


「緊張なさっていますか?」


「少しだけ、です」


 私は苦笑して、手元の魔道具に視線を落とした。


 床の中央に、白い板が浮かんでいる。

 長方形の板の表面は、まだ真っ白だ。けれど、魔力を流し込めば、そこに図や文字を描写できるようになっている。


「簡易ホワイトボード、便利ですね……」


 ガルディア式の小型結界投影装置。

 ノエルが「講義なら、これを使ったほうが絶対分かりやすいですよ!」と目を輝かせて持ってきてくれたものだ。


「アリア主任、準備できてます!」


 いつの間にか席についていたノエルが、ぶんぶんと手を振る。


「ありがとうございます。……それでは、そろそろ始めましょうか」


 私は一度だけ深呼吸をした。


 手紙を書くのは得意だ。

 報告書も、図面も、魔術式の注釈も、いくらでも書ける。


 けれど、「人前で話す」という行為は、どうにも慣れない。


 アストリアでは、私の仕事は大結界の中枢と、数人の上司とだけ繋がっていた。

 中枢に向かって説明しても、返事は返ってこない。

 王宮魔導師長は話を最後まで聞いてくれるが、聴衆と呼べるものではなかった。


 こんなふうに、こちらの言葉に対して数十人分の視線が一斉に向く、という状況は。


「……思った以上に、逃げ出したくなりますね」


 小声でこぼした独り言は、幸い誰にも届かなかったようだ。


 私は簡易ホワイトボードの前に立ち、団員たちに向き直る。


「本日は、お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。アリア・レインです」


 軽く一礼すると、前列の何人かが同じように頭を下げた。


「今日は、これからガルディアで構築しようとしている国境結界ネットワークの基礎となる、『魔力流路の設計』と『多重結界の層構造』について、お話しさせていただきます」


 言いながら、ボードに指先をかざす。


 魔力を流し込むと、白い板の上に淡い光の線が走り、王都と国境線を模した簡略地図が浮かび上がった。


「まずは、魔力の流れ方から」


 私は、王都の中心から国境へ向かって伸びる線を一本引く。


「今までのアストリア式大結界は、こういう『太い一本の幹』が国全体を覆い、その枝分かれとして各地の小結界が接続されていました」


 光の線が幹から枝へと分岐していく。


「幹が太ければ太いほど、どこかに負荷がかかっても、全体で受け止めることができる。……理屈としては間違っていません」


 ここまでは、カイルも無表情で頷いている。


「ですが、その分だけ、『全部が同じ揺れ方をしてしまう』という欠点があります」


 私は指先で幹の根元を軽く叩いた。

 光の線が波打ち、その揺れが枝の先まで伝わっていく。


「例えば、北門で大規模な魔物の襲撃があったとき。そこだけに負荷を集中させたいのに、幹が一つだと、揺れが王都全体に伝わってしまうのです」


 後方の席で、誰かが小さく息を呑んだ。


「アリア主任、それって……」


「はい。実際に、一度経験しました」


 大結界中枢室の冷たい空気が、ふっとよみがえる。

 けれど、今日はその記憶に沈むための時間ではない。


「そこで、私が提案したいのは、『幹を一本にしない』構造です」


 ボードの上に、今度は複数の太い線を描く。

 それぞれが王都から国境線へ、少しずつ異なるルートで伸びていく。


「大陸全体を覆う巨大な一枚の結界ではなく、用途ごとに役割を分けた複数の流路を持たせる。戦闘用、防疫用、生活環境維持用……などです」


「待て」


 鋭い声が飛んだ。

 視線を向けると、カイルが手を挙げている。


「流路を分ければ、その分だけ制御の手間が増える。現場側の負担も増大するはずだ。いくら国境結界専門の部署を作るとしても、運用要員は限られている。理論としては理想的だが、現実的とは……」


「カイル」


 背後からリカルドが軽く釘を刺す。

 けれど、私は首を振った。


「いえ。ご指摘はもっともです」


 私はボードに、新しい線を描き足す。

 複数の幹を、ところどころで繋ぐ細い線だ。


「なので、完全に独立させるのではなく、要所要所で『緩衝層』を挟みます」


「緩衝層?」


「はい。ここです」


 国境線付近に、半透明の帯をいくつか描き込む。


「戦闘用の結界と、生活環境を守る結界の間に、クッションのような層を作るんです。ここで揺れを一度受け止めてから、必要なぶんだけ隣の層に伝える」


「そんなことをしたら、反応速度が落ちるのではないか?」


 カイルの眉間に皺が寄る。


「一般的な緩衝層であれば、そうですね」


 私は、帯の一部を拡大して描き直した。


「ただ、ここで使うのは『完全な緩衝』ではなく、『方向付きの緩衝』です。戦闘用の層から生活層へは揺れを伝えにくく、生活層から戦闘層へは一定以上の変化をすぐに伝える」


「……一方通行の緩衝?」


「厳密には、一方通行ではありませんが、優先方向を決めるイメージです。例えるなら――」


 私は少し考え、言葉を選ぶ。


「そうですね。城門の検問のようなものだと思ってください」


「検問」


「はい。城外から城内へ入るときは、荷物検査がありますよね。危険物を持ち込ませないためです。でも、城内から城外へ出るときには、それほど厳しくない」


 リゼットさんが小さく笑った。


「たしかに。出るほうは、ほとんど素通りだものね」


「それと同じで、生活層から戦闘層へ向かう情報は、すぐに通す。『村で異常な魔力の上昇があった』『瘴気が濃くなっている』といった変化です。一方、戦闘層で起きた急激な揺れは、一度ここで受け止めてから、ゆっくりと生活層へ流す」


 ボードの上で矢印が流れていく。

 生活層から戦闘層へ向かう線は太く、戦闘層から生活層へ戻る線は細く、いくつかの制御陣を経由している。


「これなら、現場の魔導師は『今、どこで何が起きているか』をすぐに知ることができます。その代わり、村の子どもが魔法遊びをして結界にぶつかった程度の揺れは、全体に影響を与える前に、ここで吸収される」


 訓練室の空気が、少しだけ変わった気がした。

 さっきまで腕を組んでいた何人かの団員が、前のめりになってボードを見ている。


「……人の生活を前提にした結界、というわけか」


 ぽつりと漏れた声に、私は頷いた。


「はい。結界は、戦うためだけのものではありません。家を守り、畑を守り、夜の睡眠を守るものです」


 アストリアの王都で、眠れない夜を何度も過ごしたことを思い出す。

 中枢の揺れと、自分の鼓動が重なって、胸が軋んだ夜。


「だから、本来なら、最初から『人の生活』を設計に組み込むべきだった。……それを、私はずっと後付けでいじり続けてきました」


 思わず、苦笑が混じる。


「さすがに国全体の大結界は作り直せませんでしたが、ガルディアの国境結界なら、最初から新しく作れます。だったら、やりたいようにやらせていただこうと」


 最後の一言に、後ろのほうから微かな笑いが漏れた。


「おまえな」


 聞き慣れた低い声が混じっている気がして、私は聞こえなかったふりをする。


「理論としては、理解できた」


 しばらく黙っていたカイルが、ゆっくりと口を開いた。


「だが、それを実際に運用するとなると――」


「そのためのガルディア式です」


 私は、彼の言葉を少しだけ先回りする。


「私は、アストリア式の大結界を基準に話をしました。でも、ここはガルディア。戦場での魔力の扱い方も、詠唱も、陣形も違います」


 ボードの端に、簡略化した魔導師団の陣形図を描く。

 前線の攻撃部隊、後方の支援部隊、そのさらに後ろに結界班。


「ですから、今日の講義はあくまで『骨組み』です。実際の運用設計は、皆さんと一緒に詰めていきたいと思っています」


 その言葉に、訓練室の空気がもう一度揺れた。


 外から来た女が、完成済みの理論を押し付けに来たのではなく、共に作ろうとしている。


 そう伝わればいい、と思いながら。


「……質問、よろしいかしら」


 手を挙げたのは、リゼットさんだった。


「はい」


「さっきの緩衝層だけれど。例えば、夜中に瘴気の濃さが急に上がった場合、生活層はどこまで影響を受けるの?」


「良い質問です」


 私は、ボードに時間軸を描き足す。


「緩衝層には、『時間のフィルタ』も仕込む予定です。急激な変化は、いったんここで平滑化される。そのうえで、『これは危険な変化だ』と判定された場合は、生活層にも警告として伝わる」


「つまり、夜中にいきなり瘴気が濃くなっても、村人が即座に意識を失ったりはしない。けれど、朝になったら『昨夜、危険な揺れがあった』という情報だけはちゃんと届いている、みたいな?」


「おおむね、その通りです」


 リゼットさんが「なるほど」と頷くと、周囲の女性団員たちもほっとしたような顔を見せた。


「子どもがいる家は、そういうところが一番気になるからね」


 そんな何気ない一言が、私には少しだけ新鮮だった。


 大結界の仕事をしていたころ、私の設計図に「子ども」という単語が乗ることは、ほとんどなかったから。


 ――だからこそ、今度は最初から組み込む。


 小さく心の中で頷いたところで、訓練室の時計が軽く鳴った。


「そろそろ、お時間です」


 リカルドが合図をくれる。


「駆け足になってしまいましたが、本日の講義はここまでとさせていただきます。続きは、実際の小結界と国境線の地形図を前にして、具体的な案を詰めましょう」


 最後に一礼すると、しばしの沈黙ののち、ぱちぱち、と控えめな拍手が広がった。


「……外様にしては、やるじゃねえか」


 誰かがぽつりと呟き、それに別の声が重なる。


「いや、外様だからこそ、ああいう発想が出てくるのかもしれん」


「どのみち、あれだけの理論を一人で回してたって話だ。実物を見るまでは半信半疑だったが……」


「『本物』だな」


 断片的な声が、耳に届く。


 褒め言葉として受け取っていいのかどうか迷いながらも、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「アリア主任!」


 ぱたぱたと駆け寄ってきた足音がする。

 顔を上げると、ノエルがノートとペンを抱えたまま、目を輝かせていた。


「すごかったです! あの緩衝層、魔導具側で制御信号を補助するなら、もっと細かいログも取れますよ! 先生、次の実験、ぜひぼくにも――」


「……先生?」


 聞き慣れない単語に、思わず復唱してしまう。


「はい、先生!」


 ノエルは迷いなく言い切った。


「だって、あれだけ分かりやすく説明してくれて、しかも実戦レベルの理論なんて、完全に先生じゃないですか!」


「アリア先生、ね」


 いつの間にか隣に来ていたリゼットさんが、くすりと笑う。


「悪くない呼び方だと思うけれど?」


「い、いえ、私はただの技術顧問で――」


「主任で先生で、国境結界の設計者で」


 リゼットさんが指を折って数え始める。


「肩書が増えていくのって、ちょっと楽しいわよ?」


「楽しいと言うより、重い気がするのですが」


 思わず本音が漏れると、背後から小さな咳払いが聞こえた。


「重いなら、分散させればいい」


 振り向けば、いつの間にかすぐそばまで来ていた黒髪の魔導師がいた。


「そういう設計にしたんだろう。結界だけじゃなく、自分の責任もだ」


 セイジュ様の銀色の目が、わずかに細められる。


「国境結界の骨組みは、おまえが引いた。だが、その上に肉を付けるのは、ここにいる全員だ。……自分一人で背負い込むな」


 訓練室の空気が、少しだけ引き締まる。


「団長」


 リカルドが肩をすくめ、しかしどこか嬉しそうに笑った。


「そう言われちまったからには、現場も腹を括るしかねえな」


「もちろんです」


 カイルも、今度はきちんとこちらを見て言った。


「理論だけ立派で現場のことを考えていないのなら、いくらでも突っ込んでやろうと思っていたが……今のところ、ツッコミどころが見当たらない」


「それは、褒め言葉として受け取っておきます」


「受け取っておけ」


 そっけない言い方の中に、ほんのわずかに温度が混じっているのが分かる。


 外様に向けられていた視線が、少しずつ変わっていく。

 警戒と好奇心の混ざった色が、興味と期待の割合を増やしていくのが、肌で分かった。


「アリア先生、次の講義はいつですか?」


 ノエルが、当然のように尋ねてくる。


「次は、私が教わる番ですよ」


 私は苦笑しながら答えた。


「ガルディア式の魔力圧縮と詠唱。結界の運用を皆さんと一緒に詰めるためには、私もきちんと基礎から学び直さないといけません」


「じゃあ、その講師は俺か」


 横から、セイジュ様の声がする。


「団長自ら!?」


 周囲が一斉にざわついた。


「国境結界プロジェクトに関わる者は、全員同じ前提を共有しておく必要がある。……それに」


 彼は一瞬だけ私を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「おまえが教える側に立つなら、一度くらい、俺が前に立つ姿も見せておくべきだろう」


「それは、講義というより、実演になりそうですね」


 思わずこぼれた言葉に、訓練室のあちこちから笑いが起きた。


 笑い声と、まだ消えきらない魔力の余韻。

 白いホワイトボードには、私が描いた流路図と、多重結界の層構造が、うっすらと光を残している。


 ――ここから、この国の新しい結界が始まる。


 その起点の場に立っている実感が、少しだけやっと、胸の中に形を持って浮かび上がった。


 先生、と呼ばれるのは、まだむずがゆい。

 けれど。


 誰かに教えながら、私自身も学んでいくことができるのなら。


「……次の講義も、がんばらないといけませんね」


 小さくつぶやくと、隣でノエルが勢いよく頷いた。


「はい、先生!」


 その声に、周囲の団員たちも、苦笑しながらも否定はしない。


 外様だったはずの私が、少しずつ、この場所の一部になっていく。


 ガルディア式魔術の洗礼を受けるのは、きっと明日だ。

 今度は私が、最前列でノートを構える番。


 そんな姿を想像しながら、私はホワイトボードの魔力を切った。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

アリアの講義回、少しでも「続きが気になる」「国境結界プロジェクトをこれからも見届けたい」と思っていただけたら、ぜひ評価やブックマーク、ひと言感想をいただけると励みになります。

次回はセイジュ団長側の「授業」をお届け予定です。お付き合いいただけたら嬉しいです。


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