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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第2部 ガルディア新生活と魔導師団編 第5章 研究塔と魔導師団

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第31話 歓迎会とささやき

 魔導師団本部のホールは、いつもより少しだけ明るかった。


 魔導灯が増やされ、壁際には焼いた肉や根菜のスープ、香草を練り込んだパンが並んでいる。魔力で冷やされた果実水と、度数ひかえめのワイン。軍の食堂らしく飾り気はないけれど、わいわいとした笑い声と皿の音が混ざれば、それだけで充分にぎやかだ。


 ……こういう雰囲気は、嫌いではない。


「では、静かにしろ」


 ホール中央。テーブルの間をすり抜けて、黒い制服姿のセイジュ様が一歩前に出た。低い声が響いただけで、さっきまで騒がしかった空間が、嘘みたいに静まる。


「本日付けで研究塔所属、並びに国境結界プロジェクト主任となった、アリア・レインだ」


 名前を呼ばれて、私は一歩前へ。視線が一斉に集まる気配が、肌の上をじりじりと這った。


 うわ、想像していたよりずっと多い。魔導師団の団員って、こんなにいたんですね……。


「アストリアからの客人であり、これからはガルディアの仲間だ。腕は保証する。……以上」


「以上、ってそれだけかよ、団長」


 静寂を破ったのは、副団長のリカルドさんだ。肩をすくめながら、一歩前に出てきて笑う。


「堅っ苦しい挨拶はそこまでにして、と。改めて、ガルディア魔導師団へようこそ、アリア嬢。歓迎する」


「ありがとうございます。レイン伯爵家長女、アリア・レインと申します。しばらくお世話になりますので……どうぞよろしくお願いします」


 できるだけ穏やかに微笑みながら、私は軽くスカートの裾を摘んで礼をした。


 ぱらぱらと拍手が起こる。少し照れくさいくらいには、温度のある音だった。


「それじゃあ、乾杯だ」


 リカルドさんがテーブルからグラスをひょいと取り上げる。


「団長もほら、形だけでも」


「……面倒だ」


「そこまで言うな。新入りの前で空気を悪くするんじゃない」


 ぶつぶつ言いながらも、セイジュ様は仕方なさそうにグラスを取る。果実酒を少しだけ注いで、私のほうを横目で見た。


「顔、強張ってるぞ」


「そ、そうですか」


「平気だ。こいつらは口は悪いが、腕は立つ」


「褒められてんだかどうだか!」


 どっと笑いが起こり、少しだけ張り詰めていた空気がほどける。


 ……今の一言も、場を和らげるためなんでしょうね。


「じゃ、行くぞ。アリア嬢の新生活に」


 リカルドさんが掲げたグラスに、周囲が続く。


「「「乾杯!」」」


 グラスがぶつかり合う音。果実酒の甘い香り。私は口元にだけそっと触れ、ほんの少し味を確かめる程度で止めた。


 アルコールに弱いわけではないけれど、今日は初対面の人が多い。頭はできるだけクリアにしておきたい。


「思ったより賑やかですね」


 隣に立ったセイジュ様に小声で呟くと、彼は僅かに目を細めた。


「いつもはもっと騒がしい。今日は一応、客人がいるからな」


「これで、ですか」


「そうだ」


 ガルディア魔導師団。第一印象は、思っていたよりも「普通の人たち」だ。


 もちろん、立ち居振る舞いからして戦場慣れしているのは分かる。魔力の波も、全員がそこそこ以上に高い。けれど、笑い声は明るくて、誰かが持ち込んだらしいカードゲームで盛り上がっているテーブルまである。


 アストリアの王宮で、こんなふうに笑いながらお酒を飲んだことがあっただろうか、と考えて――すぐに、答えは出た。


 ない。


「アリア嬢、何考えてる?」


 不意に、肩口にひょいと影が差し込む。振り向けば、明るい栗色の髪を揺らした女性が立っていた。


「リゼット隊長」


「初対面のときはちゃんと名乗れなかったものね。改めてよろしく。治癒と幻術部隊をまとめてる、リゼットよ。堅苦しいのが苦手なら、リゼでもリゼットでも好きに呼んで」


「では……リゼットさん、と。よろしくお願いします」


「うん、その呼び方、好き」


 にっと笑ったリゼットさんは、私のグラスを覗き込んだ。


「ちゃんと飲んでる?」


「少しだけ、です。あまり強いほうではないので」


「ふふ、ならそのくらいで正解ね。ここ、油断すると酔いつぶれるまで飲ませてくる人がいるから」


「誰です?」


「だいたいリカルド」


 思わず吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。リゼットさんは目だけでおもしろがるように笑った。


「団長、アリア嬢を一瞬借りますね」


「……攫うのはやめろ」


「攫いませんって。ちょっと女同士の話をするだけ」


 そう言って、リゼットさんは軽く私の手首を取る。


「行きましょ。長居すると邪魔が入るから」


 邪魔、とは誰のことなのか。振り返ると、セイジュ様と目が合った。彼はほんの少しだけ眉をひそめて、それから諦めたように視線をそらす。


 ……心配されているのか、それとも単に護衛の視点なのか。どちらにしろ、少しうれしい。


◇ ◇ ◇


 ホールの端にある扉を抜けると、外気が頬を撫でた。


 そこは石造りのテラスだった。城壁の一部に張り出すように設けられたスペースで、手すりの向こうには夜の王都ヴァルディアの灯りが広がっている。


「わあ……」


 思わず声が漏れる。


 塔の最上階から見たときとは、また違う眺めだ。少し低いこの位置からだと、街路を走る魔導灯の列や、川沿いの明かりがよく見える。


「気に入った?」


「はい。とても」


「ならよかった」


 リゼットさんは、手すりに肘を乗せて、私の隣に立った。


「それにしても、団長もリカルドも、説明がざっくりしすぎなのよね。『腕は保証する』だけじゃ、皆びっくりするでしょうに」


「いえ、充分すぎるくらいです」


「そう?」


「『腕は保証する』って、同時に『守る』と言ってくださっているようにも聞こえましたから」


 自分で言ってから、少し照れくさくなる。リゼットさんは、ふふっと喉の奥で笑った。


「……なるほど。こっちが照れちゃうわね、それ」


「す、すみません」


「謝るところじゃないってば。むしろ安心したわ」


 リゼットさんは夜空を仰いだ。髪が風に揺れて、金の耳飾りが小さく鳴る。


「ここ、戦う場所でしょう? だからきっと、私がこの場を気に入っていないと、セイジュ様は落ち着かないんだろうな、と」


「分かってるじゃない。そう、それそれ。団長、ああ見えてすごく分かりやすい人だから」


「……そうなんですか?」


「少なくともアリアちゃんのことに関しては、ね」


 さらっと言われて、思考が一瞬止まった。


「わ、私はまだこちらに来たばかりで……」


「ええ。だからこそよ」


 リゼットさんが、視線だけでホールのほうを示した。


 半開きの扉の隙間から、笑い声や食器の音が漏れてくる。そのさらに向こうには、きっといろいろな声があるのだろう。


「さっき、少し聞こえたの。『外様』とか『スパイかもしれない』とか」


「……聞こえていましたか」


 胸の奥が、ほんの少しだけ冷たくなる。


 歓迎の拍手が嘘だとは思わない。けれど、ささやき声もまた現実だ。


「ここにいる全員が、私を歓迎しているわけではないのは分かっています。立場も経歴も特殊ですから」


「うん。まあ、そうよね」


 リゼットさんは否定しなかった。それが、かえってありがたかった。


「アストリア王家の元婚約者で、しかも大結界をいじれるほどの魔導師。そんな人が、いきなり『隣国に来ました、よろしくお願いします』なんて言ったら、そりゃ疑う人もいるわよ」


「……そうですね」


「でもね」


 リゼットさんは、そこでにやりと笑った。


「さっき、カイルのやつがこんなこと言ってたわ」


「カイルさんが?」


「『外様だろうがなんだろうが、実力が本物なら構わない。使えるカードは多いほうがいい』って」


「……なるほど」


 いかにも、あの人らしい。


 会議のとき、こちらに向けられた視線は確かに冷たかった。でもそれは、感情だけで突っ走る人間のものではなかった。損得と合理を測りにかける、貴族らしい目だ。


「なら、話は早いですね」


「でしょ?」


「結果を出せばいい。こちらの手の内を見せ、その価値を理解させる。足りない部分は、話し合いと調整で埋めていく」


 それは私が、ずっとやってきたことだ。


「もちろん、好きになってもらえるに越したことはありませんけれど」


「ふふ。そこまで欲張るのは、もう少し後でもいいんじゃない?」


「そうですね。まずは『仕事ができる外様』くらいの評価を目標にしておきます」


 私が肩をすくめると、リゼットさんはくすくす笑いながら、そっと私の肩を軽く叩いた。


「そういう話がしたくて、連れ出したのよ」


「……私のほうこそ、聞こうと思っていたところでした」


「じゃ、もうひとつ。ここでやっていくなら、仕事の味方とは別に、女友達くらいはいたほうが生きやすいわよ」


 言って、リゼットさんは手を差し出してきた。


「だからさ。アリアちゃんの『女友達枠』、私がもらってもいい?」


 その言葉に、胸の奥が一瞬、ふわっと温かくなった。


 これまで私の周りにいたのは、同僚と上司と、家族と……遠い隣国から届く手紙だけだった。王宮ではいつも「王太子妃候補」として見られ、同年代の令嬢と肩を並べて笑い合う機会なんて、ほとんどなかったのだ。


 手を伸ばすのは、少し怖い。けれど。


「……はい。よろしくお願いします、リゼットさん」


 私は差し出された手を、そっと握り返した。


 指先に伝わる体温と、少しだけ粗い皮膚の感触。戦場で杖を握ってきた人の手だ。


「よろしい」


リゼットさんは満足そうに頷き、握っていた手をぶん、と一度だけ勢いよく振った。


「じゃあこれから、分からないことがあったら何でも聞いて。団長の取り扱いマニュアルとか、ここのおいしい店とか、どの貴族が面倒とか」


「最後のが一番重要そうですね」


「でしょ?」


 私たちは顔を見合わせて笑った。


 テラスの扉の隙間から、誰かの笑い声が漏れ聞こえてくる。カードゲームの勝敗でも決まったのだろうか、ノエルさんの弾んだ声が混じっていた。


 この国の空気は、やっぱり少し違う。


 私を「王家の所有物」ではなく、ひとりの魔導師として迎え入れてくれた場所。


 ここでどう立ち回れば、私自身も、そしてこの国も一番うまく守れるのか。


 頭の中で、塔内の魔力流路図に人間関係の線を引き足していく。


 私がうまく繋げれば、このネットワークは、きっと強い結界になる。


「アリアちゃん?」


「いえ。ここでの『立ち回り方』を少し計算していただけです」


「出た。塔の天才さんの悪い癖」


「悪い癖ですか?」


「真面目に考えすぎるところ。まあ、そういうところが好きなんだけど」


 さらっと言われて、返事に困る。


 慣れていないのだ。こういう、まっすぐな好意を向けられることに。


「……少しくらいなら、甘えてしまってもいいでしょうか」


「もちろん。歓迎会なんだから、遠慮はなし」


 リゼットさんが、テラスの扉を指さした。


「行こ。せっかくの料理が冷めちゃう」


「はい」


 私はもう一度だけ夜景を振り返ってから、ホールの賑わいへと歩き出した。


 ここから先の道筋は、まだ見えない。けれど、隣には新しくできた女友達がいて、少し離れた場所には、手を伸ばせば届く距離にセイジュ様がいる。


 ――ここでなら、きっとやっていける。


 そんな確信が、胸の奥で静かに形になりかけていた。


第31話までお付き合いいただきありがとうございます!

王都での歓迎会、アリアに女友達ができて少しずつ「外様」から仲間になっていく第一歩になればうれしいです。

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