第28話 魔導師団との顔合わせ
翌朝、私はセイジュ様と並んで、王城地区に隣接した石造りの建物の前に立っていた。
「ここが、魔導師団本部……」
分厚い城壁と同じ石で組まれた重厚な建物。窓の縁には簡潔な魔方陣が走り、屋上には監視塔と魔導砲台。中庭では黒い制服姿の魔導師たちが忙しなく行き交い、訓練場の方からは掛け声と魔術の光がちらちらと漏れてくる。
アストリアの王宮魔導師棟とは、空気からして違った。こちらは飾りより実用、本当に戦うための場所だ。
「緊張しているか」
「……少しだけ、です。でも、仕事場に挨拶に行く日なのですから、このくらいは普通かと」
「そうか」
セイジュ様は歩調を半歩だけ合わせてくれる。その小さな気遣いに、胸の奥が少しだけほぐれた。
大きな扉の前で、門番の魔導師が姿勢を正す。
「団長、お帰りなさいませ。そちらが、例の」
「ああ。アリア・レイン。今日からこの国の結界研究と国境防衛プロジェクトを任せる魔導師だ」
淡々と紹介されて、私はスカートの裾をつまんで一礼する。
「アリア・レインと申します。本日よりお世話になります」
門番の視線が一瞬揺れ、すぐに礼儀正しい笑みに整えられた。
「ようこそ、ガルディア魔導師団へ。中で皆が待っています」
扉が開き、ひんやりとした空気と濃い魔力の流れが肌を撫でた。
石造りの廊下、壁に掛けられた地図と作戦図。擦り切れた床は、人と魔力がどれだけ行き来してきたかを物語っている。
その中を、黒い制服の魔導師たちが何人も行き交っていた。
「……あれが」
「団長が連れてきたっていう」
「アストリアの、王太子の元婚約者……?」
ささやきが、すれ違うたび耳に入る。
驚きと好奇心、警戒。温度の違う視線が、細い針のように肌に触れては離れていく。
けれど、知らない感覚ではなかった。アストリアでも、私はずっと「王太子の婚約者」であり「便利な魔力持ち」でありながら、その実態は誰にも知られていない、よく分からない存在だったのだから。
違うのは、ここでは少なくとも「魔導師」として見られている気配があることだろうか。
前を歩くセイジュ様の背中が、少しだけ頼もしく見える。
廊下の突き当たり、両開きの扉の前で足が止まる。
「ここが会議室だ。主要な隊長格はここに集めてある」
「はい」
「怖がる必要はない。気に入らなければ、俺が全員更迭する」
「ちょっと物騒な冗談はやめてください。初日から組織崩壊の想像はしたくありません」
「冗談だ」
少しだけ間があった気がするのは、気のせいであってほしい。
扉が開くと、広い部屋の中に、数人の視線が一斉に向けられた。長机をコの字に並べた会議室。その中央に団長席、少し横に私のための椅子も用意されている。
◆
セイジュはごく短く「座れ」とだけ告げて自分の席に腰を下ろした。その動きに合わせて他の団員たちも椅子を引く。
視線の先、入り口に立つ銀髪の令嬢を、団員たちはそれぞれの目で見ていた。
副団長リカルドは、年季の入った軍人の目で。肩までの栗色の髪をひとつに括り、口元の無精ひげを指で撫でながら、軽く目を細める。
(……噂通りなら、とんでもない大物なんだがな)
治癒と幻術隊を率いるリゼットは、興味深そうに。明るい茶色の髪を揺らし、口角を楽しげに上げる。
(想像よりずっと細い子ね。でも、目は死んでない)
貴族出身のエリート魔導師カイルは、真っ直ぐな姿勢を崩さず、冷静に。撫で付けた金髪に、慎重な警戒心を宿した瞳。
(外様を団の中枢に入れるなど、愚策だ。……実力が本物なら話は別だが)
魔導具班の少年ノエルは、机に突っ伏しかけた姿勢のまま、目だけをきらきらさせていた。
(すごい、本物の大結界魔導師だ……!)
それぞれの温度の視線が、ひとりの人物に集中する。
◆
私は用意された席へと歩み出た。
「紹介する。アリア・レイン。アストリア王国レイン伯爵家の令嬢であり、数年前から国土結界の一部を維持していた魔導師だ。今後、国境結界プロジェクトの主任として、研究塔と魔導師団の両方と関わることになる」
セイジュ様の紹介は相変わらず簡潔だ。
けれど、その1文の中に、私の肩書きも実績も詰め込んでくれているのが分かって、文句を言う気にはなれなかった。
「アリア・レインです。立場としては、アストリアからの亡命者ではなく、ガルディアに雇われた独立魔導師……で合っていましたよね」
「そうだ」
「というわけで、こちらでの仕事仲間として、今後よろしくお願いいたします」
会議室に、ざわりと小さな波が走る。
亡命者ではないと口にしたのは、事前に何度も確認した言い方だ。国を捨てた裏切り者ではなく、正式な交渉と合意のもとで迎えられた客人であり、この国のために働く一人の魔導師。
その線引きを、最初からはっきりさせておきたかった。
「では、こちらからも紹介しておこう」
セイジュ様が顎で合図すると、1人の男が椅子を引いて立ち上がる。
「魔導師団副団長、リカルド・ハインツだ。現場指揮と団の実務なんかを任されてる。アリア嬢、と呼んでいいか?」
低くよく通る声。年齢は30代前半くらいだろうか。砕けた口調なのに背筋は真っ直ぐで、立っているだけで場が締まる。
「はい。慣れておりますので、お好きにお呼びください」
「そうか。じゃあ遠慮なく。団長は仕事バカでな。色々と無茶も言うが、その場合は俺かメイド長のマリアナを通してくれ。できる範囲で調整する」
「リカルド」
隣から低い声が飛ぶが、副団長は動じない。
「事実だろう、団長。あんた、研究と戦場とアリア嬢のこと以外、基本的に興味ないじゃないか」
さらっと混ぜ込まれた3つ目に、思わず咳き込みそうになった。
「……あの、最後の項目は要らなかったのでは」
「そうか? 重要情報だと思うが」
「リカルド」
2回目の低音は、さすがに少しだけ圧が増している。
けれど、部屋の空気は一気に和らいだ。何人かの団員が、くすっと笑い声を漏らす。
次に立ち上がったのは、明るい茶色の髪をポニーテールにまとめた女性だった。
「治癒・幻術隊をまとめてるリゼットよ。怪我したらだいたい私のところに運ばれてくるから、その前に自分で倒れないように気を付けてね」
「はい、善処します」
「それと、この団は女が少ないから、女同士でしか分からない愚痴とかあったら、いつでも聞くわ。恋バナも歓迎」
「こ、恋バナ……?」
「なに、その反応。団長と一緒に塔で暮らすんでしょう? ネタには困らなさそうじゃない」
「研究塔は研究の場です。……多分」
「多分、ね。ふふ、詳しい話はまた今度」
からかうようにウインクされて、なんとも言えない気持ちで視線をそらす。
続いて立ち上がったのは、典型的な貴族の青年という雰囲気の男だった。
「戦術魔術担当、カイル・フォルクナーだ。王都貴族院の推薦で、団に出向している」
きっちり撫で付けた金髪に、無駄のない所作。表情は礼儀正しいが、瞳の奥には慎重な警戒心が宿っていた。
「フォルクナー家は、ガルディアでも指折りの旧家と伺っています。そんな方が、現場に?」
「机上だけで語る愚かさは理解しているつもりだ。実地で確認すべきことも多い」
返ってきた言葉は、棘を隠そうともしない硬さだ。
「アリア・レイン殿の経歴と実績については、報告書で拝見している。非常に興味深い。……ただし外様であり、かつアストリア王太子の元婚約者という立場が、団と国にどのような影響をもたらすかは、慎重に見極めさせてもらいたい」
正論だ。嫌味として受け取るには、少し真面目すぎる。
「ご心配はごもっともです。信頼は一朝一夕に得られるものではないと理解しています」
私はできるだけ穏やかに微笑んだ。
「お互いの利益になる形を、一緒に探っていければと思います。まずは現場で結果をお見せできるよう努めますので」
「……期待している」
カイルは短くそう言って腰を下ろした。ほんの少しだけ、目の色が柔らかくなった気がする。
最後に、机の端からぴょんと立ち上がったのは、小柄な少年だった。
「魔導具班所属、ノエル・バーグです! えっと、その……アリア様の結界理論の要約、レオニア経由で読ませてもらってて……ずっと、本物を見てみたいと思ってました!」
「本物、ですか」
「はい! アストリア式とガルディア式を組み合わせた多重結界のアイデア、あれ、図だけで何時間でも眺めていられます!」
「睡眠は取りましょう」
「すみません、つい。とにかく、ぼく、結界計測器とか監視用の魔導具を作るのが得意なので、アリア様の研究、全力でサポートさせてください! 師匠って呼んでもいいですか!」
「師匠はやめてください」
即座に全力で否定した。
部屋のあちこちから笑いが漏れる。セイジュ様が、小さく肩を揺らしたように見えたのは、たぶん気のせいではない。
「呼び方は追々検討するとして……協力してくれる人がいるのは心強いです。よろしくお願いします、ノエルさん」
「はいっ!」
元気のいい返事につられて、私も笑ってしまう。
こうして、魔導師団の主要メンバーとの顔合わせは、一通り終わった。
◆
「今日は挨拶だけだ。実務は今後の会議で詰める」
セイジュ様の言葉で解散が告げられると、団員たちはそれぞれ席を立ち、三々五々部屋を出ていった。
何人かは、私のところまで歩いてきて「よろしく」と手を差し出してくれたし、リゼットは「今度ゆっくりお茶でも」と耳打ちして去っていった。
一方で、遠巻きにこちらを一瞥しただけで、すぐ背を向ける者もいる。
好意、興味、警戒。だいたい3つのグループに分かれているな、と私は頭の中でざっくり割合を計算した。
今の私は、王太子の元婚約者であり、大結界を捨てて出てきた外様の魔導師だ。
ここで私を見る人たちの目が複雑になるのも、当然だ。
会議室を出て廊下を歩いていると、少し前を歩く男たちの声が耳に入った。
「……にしても、本当に連れてきたんだな、団長」
「ガルディアにとっては大きな戦力だろう。だが、アストリアの王太子の元婚約者で、しかも国の結界をいじっていた外様の女だ。扱いを間違えれば、火種にもなる」
聞き覚えのあるよく通る声。カイルだ。
私は足を緩め、彼らと距離を取りながら、そのまま聞かなかったふりをした。
きっと、今のは本音の一部なのだろう。それでも、胸の奥がちくりと痛むのを、完全には無視できなかった。
「気にするな」
隣から、低い声が落ちてくる。
いつの間にか歩幅を合わせていたセイジュ様が、視線だけ前に向けたまま続けた。
「カイルは慎重なだけだ。あいつの仕事は、最悪の可能性を見て備えることだからな。おまえの実力を見れば、評価は変わる」
「……そうだと、いいですね」
「変わらなければ、俺が変えさせる」
「だからすぐにそういう物騒なことを」
「事実だ」
変わらない調子に、思わず笑ってしまう。
胸の奥の痛みは、さっきよりは小さくなっていた。
噂は敵にも味方にもなる。アストリアで散々学んだことだ。
ならば今度は、それを自分のために使う番。
視線が集まるなら、その分だけ成果も目につきやすくなる。
「……まあ、いいです」
「何がだ」
「噂は、使い方次第で便利な素材になりますから」
そう言って、私は前を向き直った。
ここは、私が選んで来た場所だ。
ならばこの国で、きちんと自分の居場所を作る。
結界と研究と、新しい仲間たちのために。
そのための顔合わせは、ひとまず合格点。そう心の中で結論を出して、私は一歩、歩幅を広げた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第28話では、ついにアリアがガルディア魔導師団の面々と正式に対面しました。
外様としての緊張と、少しずつ見えてきた新しい居場所の気配を楽しんでいただけていたら嬉しいです。続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークで応援してもらえると、とても励みになります!




