番外編3 届かない手紙
父様、母様へ。
この手紙を本当に送るかどうかは、まだ分かりません。
たぶん、しばらくは机の引き出しの中で眠らせておくことになると思います。
それでも、言葉にしておきたいことがたくさんあるので、こうしてペンを取っています。
こちらガルディア王国ヴァルディアの空は、アストリアより少しだけ高くて、少しだけ眩しいです。
王城ではなく、研究塔の最上階から見下ろす街並みは、まるで魔方陣の上に家々が並んでいるみたいに整っていて、魔力の流れもそれに合わせてきれいに回っています。
……と言っても、父様ならもう想像がつきますよね。
塔には私専用の結界研究室があって、壁一面に新しい式を書き込める黒板と、勝手に増えていく研究ノートの山があります。
宰相のユリウス様が、「予算は気にせず使ってくれて構わない」と笑って言うので、本気で使っていたら、本当にどんどん魔導具やら資料やらが届いてしまいました。
レイン家にいた頃、「それはまた今度に」と先送りにしていた実験が、今は一つずつ形になっていきます。
父様が昔、地下の中枢室でぼそりと漏らしていた改良案。
あれを、ガルディア式と組み合わせる方法も、少しずつ見えてきました。
母様が心配していた私の体調ですが、ご安心ください。
こちらの生活は、王宮ほど無茶な呼び出しもなく、研究と結界の管理のスケジュールも、ちゃんと私の回復力を前提に組んでくれています。
……セイジュ様が、あからさまにうるさいからですけれど。
少し徹夜をしようとすると、「寝ろ」と部屋の灯りを落とされます。
結界を張りながらふらついたときには、何も言わずに抱き上げられて、研究室のソファに降ろされました。
恥ずかしくて抗議したら、「倒れられるよりましだ」と真顔で返されて、何も言い返せませんでした。
父様なら、きっと苦笑いするでしょうか。
母様なら、「よかったわねえ」と笑ってくれるでしょうか。
あの日。
玉座の間で、レオン様が「二度とこの国の土を踏むな」と言ったとき、父様と母様がどんな顔をしていたのか、私は最後まで見られませんでした。
振り返ってしまったら、決意が揺らぎそうで。
でも、あの選択を、私は今でも後悔していません。
王家のためだけにではなく、自分のために結界を張りたかった。
自分の研究を、自分の手で最後まで完成させたかった。
そのわがままを、ガルディアは受け入れてくれました。
アレクシス陛下は、私を「客人」ではなく「一人の魔導師」として扱ってくださいます。
ユリウス様は、研究の話になると目を輝かせて、私とセイジュ様の案を次々に制度に落とし込んでいきます。
魔導師団の皆さんも、実験で少し壁が焦げただけで笑って許してくれます(少しだけ、です)。
……王都で、失敗が許されなかったあの空気とは、まるで違います。
もちろん、心配もあります。
アストリアの大結界は、いずれ限界を迎えるでしょう。
私が出発する前に仕込んできた延命の式は、数年分しかもちません。
その先で何が起きるのか。
父様や母様、レイン家の皆が、そのときどうするのか。
考え始めると、胸がきゅっとします。
でも、私はきっと、そのときにもう一度選ぶのだと思います。
アストリアのためにではなく。
この世界全体の結界のために、何をすべきかを。
そのとき、胸を張って皆の前に立てるように。
「捨てられた娘」ではなく、「自分の道を選んだ魔導師」として、堂々と名乗れるように。
だから今は、ここでできることに集中します。
新しい結界式を完成させて、国境を守って。
セイジュ様と一緒に、魔術の可能性をもう少しだけ遠くまで伸ばして。
いつか本当にこの手紙を送る日が来たら、そのときは直接会いに行きます。
父様に、ガルディア式とアストリア式を組み合わせた新しい結界の話をして。
母様に、こちらの甘いお菓子と、少し照れくさいけれど幸せな日常の話をして。
そのとき、どうか笑って受け取ってください。
アリアより。
ペンを置いて、ゆっくりと息を吐く。
書き上げた手紙を丁寧に折りたたみ、封筒に入れて封もせずに引き出しへしまう。
「……まだ、もう少しだけ」
時間が必要だ。
いつかこの手紙が届く未来を想像しながら、私はまた新しい結界式のノートを開いた。
番外編3まで読んでくださりありがとうございます。
アリアがまだ送れない手紙に込めた想いを、一緒に胸の中で受け取ってもらえていたら嬉しいです。
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