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「完結済」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第1部婚約破棄と「国の盾」の放棄 第4章 婚約破棄本番と国との決別

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番外編1 研究塔の初めての朝

 目を開けた瞬間、天井が違うと分かった。


 見慣れた王都ルクスリアのレイン伯爵家の天井ではない。豪奢な装飾も、古いシャンデリアもなくて、かわりに滑らかな石のアーチと、淡く光る魔術式が走っている。


 ここは、ガルディア王都ヴァルディア。

 セイジュ様の研究塔の、私の部屋。


 体を起こすと、寝台の横で小さな魔導灯がふわ、と明るさを増した。窓から差し込む光も、どこか違う。

 王都より少し乾いた空気。魔力の流れは……そう、さらさらとしていて、でも芯が強い。


「本当に、来てしまったんですね、私」


 自分に言い聞かせるみたいに呟いてから、顔を洗って髪をまとめる。


 ノックの音。扉を開けると、昨日も挨拶したばかりのメイド長、マリアナがにこりと頭を下げた。


「おはようございます、アリア様。眠り心地はいかがでしたか」


「よく眠れました。結界が安定している場所は、やっぱり落ち着きますね」


「それは光栄です。塔全体の結界設計は、団長とアリア様の論文を参考に組み直したと聞いておりますので」


 ……さっそくプレッシャーがすごい。


 苦笑しながらうなずくと、マリアナは手際よく外出用のローブを選んでくれた。


「本日のご予定ですが、午前中は塔内のご案内と、簡単な設備の説明を。昼食後、陛下と宰相閣下への御挨拶に向かわれます」


「正式に、『独立した魔導師』として、ですね」


 王妃候補ではなく。

 誰かの付属品でもなく。


「はい。アレクシス陛下も、アリア様をお迎えできるのを楽しみにしておられますよ」


 そんなことをさらりと言ってくるあたり、この国の王様は本当に懐が深い。


 身支度を終え、マリアナに案内されて食堂へ向かう。


 塔の廊下には、魔力を循環させる小さな魔方陣が一定間隔で刻まれていて、歩くだけで「ここは研究のための場所です」と主張してくる。足音と一緒に、魔力の気配が心地よく揺れた。


「おはよう」


 食堂の扉を開けた途端、低い声が聞こえた。


 窓際の席で、黒髪の青年が片肘をついて座っている。少しだけ寝癖が跳ねていて、いつもの完璧な団長モードとは違う、レアなセイジュ様だ。


「おはようございます、セイジュ様」


「その呼び方、そろそろ変えてもいい」


「いきなりは無理です」


 そう答えると、彼はむっとしたように眉を寄せ、しかし何も言い返さずにカップを口に運んだ。


 テーブルには、焼き立てのパンとスープ、それから卵料理と果物。王都の朝食より少し質素だけれど、そのぶん香りがしっかりしている。


「どうだ」


 一口スープを飲んだところで、セイジュ様が不器用な確認をしてきた。


「おいしいです。……塩加減が、王都より控えめですね」


「前線でも同じ味にしている。塩を控えた方が、長く持つ」


 なるほど、軍事国家。


 食事を進めながら、今後の話が出てくる。


「塔の最上階に、おまえ専用の結界研究室を用意してある」


「専用……?」


「図書室とは別だ。結界式の試作や魔力の流路の実験は、どうしても魔力負荷が大きい。静かに潰せる部屋の方がいいだろう」


「静かに潰せる、という表現はどうかと思いますけれど」


「事実だ」


 出ました、事実だ。


 思わず笑ってしまうと、セイジュ様はほんのわずかに視線を外し、咳払いをした。


「それと、机の引き出しに、空のノートを数冊入れてある。……足りなければ、すぐ追加を用意する」


「そこまで……」


「おまえの研究は、国の防衛ラインに直結する。資源を惜しむ理由がない」


 真正面から言い切られると、背筋が少しだけ伸びる。


 王都では、「便利だから」「今いるから」という理由で頼られていた。

 ここでは、「価値があるから」「必要だから」求められている。


 似ているようで、全然違う。


「……がんばらないと、ですね」


「もう十分がんばっている」


 即答だった。


「この国では、少しくらい肩の力を抜いていてもいい。研究のためなら、なおさらだ」


「セイジュ様が言うと、説得力がありますね」


「冗談ではない」


 彼は淡々としているけれど、カップを持つ指先に、ほんの少しだけ力がこもっていた。


「ここは、おまえの拠点だ。いつでも、好きなだけ結界を張ればいい」


 好きなだけ結界を張る、というのもなかなか物騒な言葉だけれど。

 それを聞いた瞬間、胸の奥で、長く固まっていた何かが音を立ててほどけた気がした。


「はい。……ここから、私の研究と人生を、ちゃんと自分のために使います」


 そう告げると、セイジュ様は満足そうに目を細めた。


「なら、俺はそれを横で見ている。必要なら、少し手を出す」


「少し、ですか」


「半分くらいだ」


「多いです」


 朝の光が、研究塔の窓から差し込む。

 王都の空より、少し高い。少し遠い。けれど、驚くほど近く感じる空だった。


 ここから始まる毎日を、私はきっと何度も思い出すのだろう。

番外編1まで読んでくださりありがとうございます!

王都を離れたアリアの「新しい朝」を、少しでも胸きゅんしながら見守ってもらえたなら嬉しいです。

「続きも読みたい」「セイジュ様もっと出して!」と思っていただけたら、★評価やブックマークで応援してもらえると、とても励みになります。


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