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「連載版」婚約破棄された令嬢ですが、この国の大結界を張っていたのは私なので、隣国の魔導師団長にスカウトされました  作者: 夢見叶
第1部婚約破棄と「国の盾」の放棄 第3章 捨てられるための準備

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第15話 理想の王妃像の刷り込み

 侍女たちのひそひそ声は、いつだって風より早く王宮を駆け抜ける。

 魔力通信よりも、ずっと正確で、ずっと曲がる。


「でも、さすがですわよね。あんなに失敗なさっても、リリアナ様を庇っておられたでしょう? アリア様」

「ええ……仕事が増えるから、今のうちに慣れておきましょうって……。怖いけど、正しいことをおっしゃる方だわ」


 訓練場の片付けをしながら、私は背中越しにその会話を聞いていた。

 さっきの魔力暴走騒ぎのことだろう。私はただ、防壁を張ってダミーを守り、リリアナ様を落ち着かせただけだ。


「……怖い、ねえ」


 思わず、小さく苦笑が漏れる。

 魔力の流れをじっと見ていただけで、「睨んでいた」と解釈されるあたり、私の顔面もなかなか罪深い。


 けれど、悪くない土壌だ。

 ここに、少しだけ種を撒けばいい。


「片付けは、こちらで大丈夫です」


 私はダミーを直し終えてから、侍女たちのほうへ向き直った。

 驚いたように、数人がぴしりと姿勢を正す。


「お疲れさまです。皆さんも、リリアナ様の訓練の付き添いで大変だったでしょう?」


「い、いえ、とんでもございません!」

「アリア様こそ、いつもリリアナ様と殿下のお世話で……」


 お世話、ね。

 半分は事実なので、訂正はしない。


「リリアナ様、すごかったでしょう?」


「……え?」


 私の言葉に、侍女たちがぽかんとする。

 予想外だったのだろう。さっきまでダミーを爆散させていた人を褒める発言は。


「魔力の質がとても柔らかいんです。あの属性なら、本来は攻撃よりも、守るほうが向いています。避難誘導や、怪我人の保護にぴったりで」


「そ、そうなのでございますか……?」


「ええ。それに、失敗してもすぐに謝れる人は、そう多くありません」


 私は先ほどの光景を思い返す。

 こぼれた紅茶を見て今にも泣き出しそうになっていた顔も、ダミーを壊して肩を落としていた姿も、どちらも作り物ではなかった。


「王妃になる方に必要なのは、全部できることよりも、できないことを認めて助けを求められることだと、私は思っています」


 先ほどリリアナ様本人に言ったのと、ほとんど同じ言葉。

 けれど今度は、聞き手が違う。


「王の隣に立つ人ですもの。ひとりで何もかも抱え込むより、周りを信頼できるほうが、きっと民のためになります」


 侍女のひとりが、小さく息を呑んだ。


「……なんだか、素敵なお話ですわ」

「私、王妃様は完璧じゃないといけないって思っていましたけれど……」


「完璧な人なんていませんよ」


 少なくとも私は、結界の外に出た瞬間、家事スキルが限りなくゼロに近づく自信がある。

 それを正直に言うと混乱しそうなので、胸の内にしまっておいた。


「それに――」


 ここからが、本題だ。


「殿下も、以前おっしゃっていました。『王妃には民に寄り添う優しい心が必要だ』と」


 侍女たちの視線が、一斉に私に向く。

 知っている。こういうときの言葉は、とてもよく伝播する。


「たとえ庶民の出であっても、清らかな心を持つ人ならば、王妃にふさわしいと思う……とも」


 レオン様が、食卓や廊下で何度も繰り返してきた台詞。

 それを、そのまま引用する。


「まあ……」

「殿下が、そのようなことを……」


 侍女たちの目がきらきらし始めた。

 王子の理想は、いい噂話の肴だ。きっと今夜の休憩室はこの話題で持ちきりになるだろう。


「私には、少し眩しすぎる理想ですけれどね」


 わざと軽く笑いながら、肩をすくめる。


「私はどちらかと言えば、民の涙を見たら結界の亀裂と補給線を確認してしまうタイプですから。あまりロマンがありません」


 侍女たちが、くすりと笑った。


「ふふ、アリア様らしいですわ」

「でも、そういうところも頼もしくて素敵だと思います」


「ありがとうございます」


 私の役割は、頼もしさで十分だ。

 理想の王妃像は、別の誰かに譲る。


「では、私は魔導師長のところに報告がありますので。後片付け、無理はなさらないでくださいね。皆さんも、大切な王宮を支える方々ですから」


 適度に褒めておく。

 褒められた人は、褒めてくれた相手の言葉を、よく覚えてくれるから。


     ◇


 廊下を歩きながら、私はこっそりと魔力で聴覚を調整した。

 少しだけ離れた場所の音を拾う程度なら、大結界を維持するよりずっと楽だ。


「庶民の出でも清らかならばですって……素敵ですわ」

「ねえ、リリアナ様のことじゃないかしら。男爵家のご令嬢で、いつも皆に優しくて……」

「殿下、以前からよくお話ししておられたもの。身分ではなく心を見るべきだって」


 ふむ。

 想定より、進行が早い。


 私は歩きながら、頭の中で小さなチェックリストに印をつけていく。


 ・侍女層に「殿下の理想」が共有された。

 ・その理想像に、リリアナ様の姿が重ねられ始めている。


 次は、これがどのルートでレオン様の耳に届くかだ。


     ◇


 午後の執務室は、書類の匂いと疲労の気配で満ちていた。

 王太子の執務机の上には、未決の書類が山になっている。その向かいに立つ私は、いつものように結界関連の報告書を差し出した。


「こちらが大結界の定期調整の報告書です。あと、魔導水路の流量については――」


「ああ、うん。助かるよ、アリア」


 レオン様は、書類に視線を落としながら、上の空で返事をした。

 ペン先がわずかに揺れている。考え事をしているときの仕草だ。


「……なにか、気になることでも?」


 あえて、無邪気を装って尋ねる。

 この程度の芝居なら、私にもできる。


「いや、その……」


 レオン様は、少し言い淀んでから、ちらりと私を見る。


「さっき、侍女たちが話しているのを聞いてね。リリアナ嬢の訓練のことだ」


 きた。


「庶民の出でも清らかな心を持つ方なら、王妃にふさわしい……って、誰かが言っていた」


 それは、殿下ご自身の言葉ですよ。

 心の中でだけツッコむ。口には出さない。


「……そういう考え方も、悪くないと思ってさ」


 レオン様は、書類から完全に目を離し、窓の外を見た。

 王都の空はよく晴れている。大結界は今日も安定していた。


「民の側に立ってくれる王妃。身分にかかわらず、皆を思いやる心を持った人。……そういう人なら、きっと、王家にも新しい風を吹き込んでくれるんじゃないかって」


 何度も聞いた言葉。

 けれど今日は、そこに具体的な顔が浮かんでいることが、はっきり分かった。


「リリアナ様は、優しい方です」


 私は淡々と言う。


「訓練のときも、侍女の方々を気遣っておられましたし。失敗しても自分を責めるばかりで、誰のせいにもなさらない」


「そうなんだ……やっぱり、あの子はいい子だよ」


 レオン様の目が、少しだけ柔らかくなる。

 私は、その変化を冷静に観察していた。


「身分は、確かに高くはありません。でも、殿下がおっしゃる清らかな心という点では、ふさわしい方だと思います」


 そこまで言ってから、わざと一拍置く。


「……もっとも、王妃の務めは、心の美しさだけで成り立つものではありませんけれど」


 文官としての冷静な意見、という体裁を整えておく。

 私は、あくまで仕事をしているだけ。殿下の理想を否定せず、現実も見せる、それだけだ。


「それは、分かっているよ」


 レオン様は少し眉を寄せた。


「だからこそ、ちゃんと教育しないといけない。礼儀も、魔術も、政治も……。でも、彼女ならきっと、周りの助けを借りながら成長していけるはずだ」


 周りの助けの中に、私も含まれているのだろう。

 それはそれで構わない。私の役割は、元々そこにある。


「殿下のお考えは、きっと侍女の方々にも伝わっています。皆、そういう王家を望んでいるようでしたから」


 事実だ。さっきの反応を見る限り。


「そうか……」


 レオン様は満足げに息をついた。

 理想主義者の瞳が、「自分は正しいことをしている」と確信している光を帯びていく。


 その横顔を見ながら、私は心の中で小さく線を引いた。


 ・侍女層 → レオン様への逆流、確認。

 ・「庶民の出でも清らかならば」のフレーズ、殿下の中で再強化。


 刷り込みは順調に進行している。


     ◇


 執務室を辞したあと、廊下を歩いていると、今度は別の方向から噂話が聞こえてきた。


「聞いた? 殿下が、『身分ではなく心で選ぶ』って」

「ええ。リリアナ様のことを、すっかり気に入っておられるみたい」

「アリア様だって立派なお方なのに……。でも、庶民の出でも清らかならばなんて、物語みたいで素敵ですよね」


 ……物語、ね。


 私は、苦笑を噛み殺す。

 誰かが書いた台本のようだと思っていた殿下の理想は、今や、周囲の人たちの中で美談として形を持ち始めている。


 そこに、私は少し手を添えただけだ。

 方向を決めたのは、レオン様自身。歩き出したのも、殿下自身。


 私は、その道の先に、自分がいないように調整しただけ。


「……これで、もう少し」


 囁くように呟き、私は手帳を取り出した。

 革表紙のノート。上部には「レオン様観察記録」と書かれている。


 新しいページを開き、さらさらとペンを走らせる。


『宮廷内の噂として、「庶民の出でも清らかならば王妃にふさわしい」が独り歩きし始める』

『侍女層→側仕え→殿下、のルート、ほぼ確立』

『リリアナ様=理想の王妃像という認識が、徐々に共有されつつあり』


 書き終えてから、私はペン先を指先で軽く弾いた。


「……ここまできたら、あとは時間の問題ですね」


 レオン様の理想は、もう言葉ではなく空気になりつつある。

 一度空気になってしまった価値観は、そう簡単には戻らない。


 殿下が自分で選んでくれる。

 私を必要としない未来を、正しいことだと信じて。


 それは少しだけ寂しくて、少しだけ、ほっとする。


「――どうか、そのまままっすぐ、歩いていってくださいね。レオン様」


 誰にも聞こえない声で呟いてから、私はノートを閉じた。


 捨てられるための準備は、また一つ、予定どおりに進んでいく。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

第15話はいよいよ「理想の王妃像」が王宮中に広がり始めた回でした。

アリアの静かな根回しと、レオンとリリアナの距離感はいかがだったでしょうか?

少しでも続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価★、感想を頂けると、とても励みになります。次回もお楽しみに!


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