表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第五章 好きになんてならなければよかった

奏は陽翔とますます距離を縮めるが、その帰り道で高山と出会ったことをきっかけに、彼の視線と表情に違和感を覚えるようになる。

それはやがて、奏の音楽にまで影響を及ぼし、「曲が作れなくなる」という事態に。

陽翔はそんな奏の変化に気づきつつも、高山の様子を軽く冗談交じりに話す。

しかしその言葉が、奏の胸に重くのしかかる。


─高山は、自分に何かを言いかけていたのか?

─もしかして、自分のことを「好き」なのか?


そう気づいたとき、奏はさらに深く悩む。

自分が陽翔を想うことで、誰かの優しさを踏みにじっているような気がして。

「好きになんて、ならなければよかった」

そんな言葉が口をつくが、本当はもう引き返せないほど陽翔を想っている。

そして陽翔から、「自分で作った曲を聴いてほしい」というメッセージが届く。

その音に触れるとき、奏の心はどこへ向かうのか——。

もう何度、同じ旋律を打ち込んでは消しただろう。


メロディが浮かばないわけじゃない。

むしろ、次から次へと流れ込んでくる。

けれど、完成しない。

形にしようとすると、どこかが欠けていく。

まるで、自分の気持ちが壊れるのを恐れているみたいに。


「......また止まったの?」

後ろから、陽翔の声。

僕は思わず手を止め、パソコンの画面を閉じる。

「うん、ちょっと煮詰まってて」

「ふーん......でも、無理しすぎんなよ?」

そう言って、缶コーヒーを手渡してくれた。

僕の好み、ちゃんと覚えてくれてる。

それだけで、また心が鳴り出す。


「なぁ」

陽翔がぽつりと口を開いた。

「この前、高山がさ。なんか変だったんだよ」

「......変?」

「いや、なんていうか......言いかけてやめたっていうか。お前のこと、何か言おうとしてたように見えた」

胸の奥で、ぴたりと何かが止まった。

高山の、あの視線。あの、目の逸らし方。

気づかないふりをしていたけど、ずっと感じていたもの。


「もしかして、さ」

陽翔は笑うようにして言った。

「高山、お前のこと好きだったりしてな」

冗談みたいな言い方。でも、その言葉がやけに刺さった。

僕は、何も答えられなかった。


その夜、僕は眠れないでいた。

あのとき、僕が曲を書けなくなった理由。

高山の目を見て、心がざわついた理由。

それはきっと、僕自身がその気持ちに気づいていたからだ。

僕が陽翔を好きなように、

高山もまた、誰かを見つめていた。

しかもその“誰か”は、僕で。

それが、どうしようもなく苦しかった。

—あの優しさを、裏切ってしまうような気がして。

──誰かの想いを踏み台にして、陽翔の隣に立ってしまうような気がして。


「……好きになんて、ならなければよかった」

心の中で、そう呟いてしまった。

でも、本当はわかってる。

もうとっくに、引き返せなくなっていたことなんて。


次の日、陽翔からメッセージが届いていた。

「なあ、今度さ。俺の作った曲、聴いてくんね?」

「奏の影響で、俺もちょっと作ってみたんだ」

スマホの画面を見つめながら、僕は泣きそうになった。

嬉しかった。

でも、怖かった。

僕の感情が、どこかであふれてしまいそうで。

曲を聴くのが、少し怖いとさえ思った。

でも、行かなきゃ。

ちゃんと、陽翔の“音”に向き合わなきゃ。


あの日、陽翔が言ってくれたように——

「音楽ってさ、その人が見えてくる気がするんだ」って言葉を、

今なら少しだけ、信じられる気がするから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ