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第四章 同じ音なんてきっとどこにもない

奏は陽翔(瀬戸)との距離が徐々に縮まり、初めて彼の部屋でギターを教えることになる。

ふたりきりの時間の中で、何気ない会話や弦の音に触れながら、奏はますます陽翔への想いを深めていく。

しかし、陽翔の家の前で高山と偶然出会ったことをきっかけに、微かな違和感を覚える。

高山の視線、表情、そして言葉にできない感情――

それらが少しずつ奏の心を揺らし、彼は「曲が書けなくなる」ほどに迷い始める。

陽翔がくれた音楽の言葉「同じ音なんて、どこにもない」を思い出しながらも、

奏は自分の想いを“音にする勇気”をまだ持てずにいる。

陽翔の部屋に初めて行った日のことを、今でもときどき思い出す。


ベッドの上に無造作に置かれたギター

小さな机には、散らばった数枚の譜面と飲みかけの缶コーヒー。


「ここがお前の音楽部屋?」

「いや、ただの自室」

肩をすくめながら笑う陽翔が、少し照れているように見えたのは、きっと僕の気のせいじゃない。

「ちょっと待ってて。チューニングだけするから」

陽翔がギターを構えた瞬間、僕の鼓動が少しだけ跳ねた。

この空間には、僕と陽翔しかいない。

その事実が、怖いほど嬉しかった。


ぽろん、と一本の弦が鳴る。

少し高めの音。調弦がずれているのを耳がとらえた瞬間、僕はつい言っていた。

「そこ、少し上がってる」

「マジ?お前ほんとすげぇな。やっぱ音感おかしいって」


陽翔は笑いながらそう言うけど、その目は少しだけまっすぐで、

まるで僕の“音”の奥にある何かを、もっと知ろうとしているようだった。

その目に見つめられると、どうしても視線をそらしてしまう。

きっと僕はもう、どこにも逃げ場がなくなりつつある。


ギターを少しだけ教えたあと、陽翔がぽつりと聞いた。

「なぁ、作曲ってどうやってやるの?」

「ん?」

「感覚?それとも、ルールとかあるの?」

僕は少し考えてから、答えた。

「どっちも。でも一番大事なのは、自分の中に“鳴ってる音”を、ちゃんと聴けるかどうかだと思う」

「鳴ってる音……?」

「うん。メロディって、浮かぶというより“現れる”って感じに近い。急に、そこにある感じ」

「へぇ……かっけぇな、それ」

陽翔はそう言って笑ったけど、そのあとすこしだけ黙った。

その静けさが、なんだかやけに優しくて、

僕は「この時間が続けばいい」と思ってしまった。

僕達は夢中で練習をした。

気がつくと日はとっくに落ちていて、

「長居した。今日はありがとう、楽しかったよ」

「こっちこそ、色々教えてもらって。送ろっか?」

「女じゃないんだし、大丈夫さ」

玄関を開けると、陽翔の家の前で高山が立っていた。

こちらに気づいて、一瞬だけ目を細めたあと、陽翔のほうを見た。

「おう、陽翔か」

「ーお前、なんでここに」

「用事。たまたま通りかかっただけ」

そのやり取りの温度差に、僕は少しだけ違和感を覚えた。

高山の言葉はぶっきらぼうだったけど、その声の奥に、何か別の感情が潜んでいた気がした。

僕を見て、すぐに逸らした目。

陽翔と僕の距離に、ほんの少しだけ空気が変わったのがわかった。

──なんで、そんな顔をするんだろう。

それからというもの、僕は高山の視線を意識するようになった。

教室で。廊下で。

音楽室の扉の隙間から、彼の目がこちらを見ていた気がする日もあった。

陽翔と話すとき、どこか落ち着かなくなる。


何かに触れてはいけない気がして、曲が書けなくなった。

音が見つからない。

思い浮かべた旋律の先に、どこかノイズのようなものが入り込む。


「……どうして?」

理由は、わかっているのかもしれなかった。

陽翔のことが、好きだ。

その気持ちはもう、誰にも隠せるものじゃない。

でも、あの目を思い出すと、立ち止まってしまう。

ラブソングなら、僕はもうきっと書けない—。


「同じ音なんて、きっとどこにもないんだよ」

ふと、陽翔が以前そう言ったことを思い出す。

「ギターもピアノも、人によって全然違う音になる。だから、俺は好きだな。音楽ってやつ」

もし本当にそうなら、

僕のこの気持ちもまた、誰にも真似できない、たった一つの“音”なのかもしれない。

でもそれを伝える術を、僕はまだ持っていなかった。

だから今はただ、胸の奥でその音を抱えたまま、

そっと目を閉じるしかなかった。

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