番外編 高山悠の葛藤
初登場した陽翔の幼馴染、高山。
彼は、幼い頃からずっと一緒にいた陽翔に対して、幼馴染以上の感情を持っていた。
でも、陽翔には特別な人ができたらしくて—
心をかき乱されるような奏との出会い。
陽翔が好きだったはずなのに—
──視線の先にいたのは、知らないはずの誰かだった
初めてちゃんと奏という存在を意識したのは、四月の終わりだった。
教室の隅で静かに窓を見ていたあいつは、まるでこの世界と少しだけ距離を置いているような顔をしていた。
「……誰?」
そう思った。
陽翔が「クラスで話が合うやつができた」って言っていた名前だった気がする。
ピンとこなかった。ただのクラスメイトの一人だと思ってた。
けれどある日、陽翔と一緒に音楽室へ向かったとき、
その印象は一瞬で変わった。
鍵盤に触れていた奏の横顔。まるで別人だった。
無言で音を紡いでいるのに、そこには確かに“言葉”があった。
何かを伝えたいのに伝えられない、そんな焦燥や願いが音に染み込んでいて、
不思議と、胸がざわついた。高山はそれまで「音楽なんてBGMでしかない」と思っていた。
でも、あの日奏が鳴らしていた音は違った。
聞き流せなかった。無視できなかった。
「あいつ、音に触れるときだけ、本当に生きてる顔するんだな」
そう陽翔が呟いたとき、高山は不意に心がかき乱されるのを感じた。
陽翔が知らないうちに、誰かの“特別”に惹かれているのがわかった。
でもそれは、なぜか自分の心にも刺さった。
それから、気づいたら目で追うようになっていた。
廊下で一人歩く姿、ノートに音符らしきものを書きつける手元、
誰にも気づかれずに息を吐くように笑う横顔。
わかりやすい明るさじゃない。
誰にでも優しい善人でもない。
でも、何かを懸命に抱えている人間の静かな輪郭が、
どうしようもなく気になった。 それが「好き」という感情だと気づいたときには、もう遅かった。
陽翔と並んで笑っている奏を見て、
自分が胸の奥で何かを飲み込んでいることに気づいた。
「俺は、どうしたいんだろう」
そう問いかけても、答えは出なかった。
ただ、奏が陽翔の方だけを見ていると、苦しくなる。
その理由を、誰にも言えないまま、日々が過ぎていった。