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第一章 君の音が聴こえた日

新しいクラス、新しい席、そして隣に座ったのは、瀬戸陽翔。

特別仲がいいわけでもなく、会話らしい会話もないまま、時間が過ぎていく。

だけどある放課後、偶然耳にしたピアノの音が、静かにすべてを変えていった。

不器用な指先で鍵盤をなぞる瀬戸の姿に、主人公・奏の胸はふいに波打つ。

彼の出す音が、彼の表情が、彼の声が——ひとつずつ“旋律”になって、心の奥に溶けていく。

けれどこの感情には、名前をつけてはいけない。

届けることも、言葉にすることもできないから。

これは、ただの片想い。

音になってしまえば、せめて少しは楽になれると思った。

それでも、最初の音はもう鳴ってしまった。

春の教室で、彼を見たあの瞬間から。

春の光は、どうしてこんな眩しいんだろう、と思う。

新学期の教室、少し浮足立った空気の中で、僕は窓際の席からぼんやりとグラウンドを眺めていた。


机にはまだ名前のない、教科書たち。

クラス替えでできたばかりの人間関係に、誰もが探るような笑みを浮かべている。

そんな中で、僕はひとり、音楽のことを考えていた。


今、曲を書いている。

春に似合う、やわらかいメロディ。

でも、いまいち「音」が見つからない。


「なぁ、隣良い?」

その声は、すぐ隣からだった。

顔を上げると、黒髪がよく似合う男子が立っていた。

制服のネクタイを緩め、目元には少し眠たげな気配があった。


瀬戸。

名前だけは知っている、気がした。

クラス表で、僕の下に並んでいた名前。

まさか、その本人が直接話しかけてくるとは思わなかったわけだけど。


「—どうぞ。」

「さんきゅ」

瀬戸なる男は、自然に椅子をひいて僕の隣に座った。

誰と話すわけでもなく、ただ「ふーん、なるほどね」とでもいいたげな表情で、クラスを見渡していた。

たった一言、交わしただけのクラスメイト。

だけどなぜか、その存在がやけに気になった。


その日の放課後。

緊張していたのだろう、疲労感に包まれながら、廊下をひとり歩く。

僕は偶然音楽室の前を通りかかった。

戸を開けかけて、手を止める。

中からピアノの音が聴こえた。


正確には、「音」というより、「音になりきれない音」

不器用で、ところどころ間違っていて、それでもまっすぐな旋律だった。

誰だろう、と覗いた先で

ピアノに向かっていたのは、瀬戸だった。


意外だった。

彼の指先は震えていて、でも必死に鍵盤を追っていた。

僕の知っている、瀬戸とは違って見えた。

もっとも僕らは話したことは限りなくないに等しいのだけれど。


「—下手くそだよな、俺」

不意に彼が呟いた。こちらは見ずに。

僕は、隠れるようにしていたはずなのだが。


「でも誰にも聞かせるつもりは無いし。」

「練習してるの?」

瀬戸は驚いた顔をしてこちらを見た。

「同じクラスの......奏じゃん」

いきなり下の名前呼びかよ、と思ったが言わなかった。

「よく覚えてたね。」

「隣の席じゃん、忘れようないでしょ」

そう言って笑った。

その笑いは、教室で見るよりずっと柔らかくて、

僕の胸の何処かが少し熱くなる。


その瞬間だった。

僕の中で音がなったのは。


それはピアノの旋律でも、誰かの歌声でもない。

僕の心のなかで、静かに、確かに、何かが鳴り始めた。

この人をもっと知りたい、そう思ってしまった音だ。


でも、だめだ。

そう思う自分もいた。

僕がこれまで好きになってきた人は全員手が届かない人だった。

誰かと付き合っていたり、恋愛対象が異性の人だったり、優しくされて勘違いしただけだったり。

またこの感情に名前をつけたら、どうせ傷つくだけだ。


それでも、ピアノに向かう瀬戸の背中を見ていたら、

その一音一音が、まるで僕の胸に直接触れてくるようで。


たった数分の間に、僕の中に一つの曲が出来上がっていた。

未完成で、歌詞も付けられない。

だけど確かに、君でできた音楽だった。


この曲はラブソングじゃない。

少なくとも、そんなふうに君に言える勇気はない。


でももし、君がこの旋律を聴いたとき、

少しでも僕の気持ちに触れることがあったなら—

それだけで、きっと救われると思った。


窓の外では、春の風が吹いていた。

その音さえ、僕にはもう君の声に聴こえた。

第一章をなんとか書き終えることができました。

これからも頑張って書き続けるつもりですので、ぜひとも見守ってください。

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