第十一章 最後の演奏
卒業式当日の朝、校庭に咲きはじめた桜が風に揺れていた。
晴れ渡る空は眩しいのに、胸の奥には重たい静けさが広がっていた。
講堂に響く校歌、祝辞、そしてざわめき。
式のプログラムの最後に、僕と陽翔が演奏する時間がやってくる。
ステージの前に立つと、あの日の文化祭を思い出した。
けれど今は、あの時以上に「終わり」を感じていた。
深呼吸をして、鍵盤に指を置く。
——音が溢れ出す。
静かな旋律に、陽翔のギターが寄り添う。
その音はもう震えていなかった。
まっすぐで、力強く、そして優しい。
会場は水を打ったように静まり返る。
その沈黙の中で、僕は祈るように鍵盤を叩いた。
「ありがとう」も「ごめん」も「好きだ」も、全部音に変えて。
ふと横を見ると、陽翔がこちらを見ていた。
その目は何かを伝えようとしていた。
でも僕は、やっぱり声にすることができなかった。
——代わりに、音で答える。
最後の和音が響き渡り、余韻が講堂を満たす。
次の瞬間、拍手が会場を揺らした。
けれど僕の耳には、隣で息を切らす陽翔の鼓動のほうが鮮烈だった。
「……奏」
陽翔が小さく名前を呼んだ。
その声に返事をしたかったのに、喉が震えて声が出なかった。
ただ微笑んで、「ありがとう」と口の形だけを作った。
式が終わり、ざわめく生徒たちの中で、僕と陽翔は短く言葉を交わした。
「最高だったな」
「うん」
それだけで精一杯だった。
廊下の向こうに、高山の姿があった。
彼は一瞬こちらを見て、小さくうなずくと人混みに紛れていった。
言葉はなくても、そのうなずきが全てを物語っていた。
こうして、僕たちの三年間は終わった。
けれど胸の奥に残った想いは、まだ終わらないまま—
「そろそろ、区切りをつけないとな——」