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第八章 前夜の和音

文化祭を目前に控え、奏と陽翔は放課後の音楽室で練習を重ねていた。

陽翔は思うようにギターを弾けず苛立つが、それでも諦めずに音を鳴らし続ける。奏は「一人で弾こうとしなくていい、俺が横にいる」と支えようとするが、陽翔の「俺だって特別になりたい」という言葉が胸に突き刺さる。

一方、奏は廊下で高山と出会い、「陽翔に全部言うのか?」と問われる。答えられない奏に、高山は寂しげに笑いながらも見守る姿勢を示す。


帰り道、陽翔は「明日、絶対に後悔しない日にしよう」と告げる。その言葉が胸に深く響き、二人は文化祭前夜を迎えるのだった。

放課後の音楽室は、先客で賑わっていた。

文化祭まで、残り三日。練習時間が刻一刻と減っていくたびに、陽翔の肩は固くなっていく。


「……くそ、やっぱまだ上手くいかねぇ」

陽翔がギターを置いて頭をかいた。指先には細かいマメができ、赤く腫れている。

「大丈夫だよ、今のフレーズも昨日よりずっと綺麗だった」

僕は鍵盤の上で和音を鳴らしながら言った。

「でもリズムがよれてんだよ。お前のピアノに合わせられてねえ」

陽翔の声は悔しさと焦りで震えていた。

それでも彼は弦に触れる手を止めない。

弾けない悔しさを、無理にでも音に変えようとしているようだった。

「……陽翔」

「なんだよ」

「一人で弾こうとしなくていい。俺が横にいるんだから」

その瞬間、陽翔の視線がこちらに向いた。

息を呑むような、真っすぐな眼差し。

けれど彼はすぐに逸らし、またギターに視線を落とす。

「……わかってる。でも、俺だって“特別”になりたいんだよ」

胸の奥に刺さる言葉だった。

彼の「特別」になりたいという想いは、音楽のことなのか、僕のことなのか——

その答えは、まだわからなかった。練習を終えて、片付けていると高山が音楽室に入ってきた。

彼はいつものように無表情で、けれどどこか言いたげに僕を見ている。

「……明日、合わせるんだろ?」

「うん。通しで」

「そうか」

短いやり取りのあと、高山はポケットからタバコの箱を取り出した。もちろん火はつけない。

指先で弄びながら、ふと口を開いた。

「奏。お前さ……陽翔に、全部言うのか?」

その問いに、心臓が強く跳ねた。

声にならない沈黙の間に、言葉が浮かんでは消えていく。

「……わからない。たぶん、言えない」

高山は少しだけ目を伏せて笑った。

「そうか。まあ……俺の出る幕じゃねえよな」

その横顔はどこか寂しげで、だけど決意を含んでいた。

きっと彼も、明日の音を待っているのだ。

帰り道、陽翔がふいに言った。

「なぁ奏。……明日、絶対に後悔しない日にしような」

何気ない調子なのに、その言葉は胸に深く響いた。

文化祭前夜の夕暮れは、不思議なくらい赤くて、痛いほど美しかった。

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