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浮氣

〈稲妻の走つた痕か我が火傷 涙次〉



【ⅰ】


 * 時軸母子の例を見る迄もなく、魔界の庶民の每日は質素である。人間が憧れ・恐怖を抱く【魔】の豪奢さ、と云ふのは、魔界の幹部の生活か作り話に過ぎない。その事情は、何処の國に屬する【魔】の世界でも同じ。こゝ臺湾でも、【魔】庶民たちは庶民らしい日々を過ごしてゐた。



* 当該シリーズ第81話參照。



【ⅱ】


 臺湾と云つたのは別に飛躍ではない。まあこれは枝垂哲平周邊に限つた事ではあるが。

 枝垂はヤマハ臺湾法人が發賣したスクーター、シグナスXの買ひ付けに來てゐた。排氣量125㏄と云ふ設定は、日本のマーケットを睨んだものだらうし、その未來的フォルムは日頃世界各國のバイクを見慣れた枝垂をも魅了した。枝垂は他の輸入業者に先んじてこの機種に手を付ける事、躊躇なかつた。


 その枝垂、今日は冥府に來てゐる。久し振りとなる、木場惠都巳との逢瀬である。



【ⅲ】


 * 冥府の王・ハーデースは枝垂が惠都巳を見限つたとでも危惧してゐたのか、その歓迎振りはいつもに増して盛大なものだつた。枝垂は含羞の人であるから、面映ゆさうに「惠都巳、ご無沙汰してご免。ちと臺湾まで買ひ付けに行つてたんだ」とだけ云ひ、惠都巳を抱き寄せた。

「臺湾美人に引つ掛かつたのかと思つてたわ~」と惠都巳。枝垂が臺湾に行つてゐた事は、カンテラの使ひ魔「シュ―・シャイン」から得た情報で、この冥府にゐても筒拔けだつたのである。



* 当該シリーズ第35話參照。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈美女野獸うち揃ひたる物語我の紐解く神話世界よ 平手みき〉



【ⅳ】


 ところが「シュ―・シャイン」、余計な事まで惠都巳に吹き込んでゐた。先の「臺湾美人云々」と云ふのは單に惠都巳の戲れ言ではなかつた。枝垂はかの地で浮氣してゐたのである。

 事がハーデースに知れたら、枝垂は裏切り者として処刑されてしまふ、と云ふ気遣ひから、惠都巳は大ごとにはしなかつたが、まあ彼女も人並みにジェラシーは抱いた譯で、「たまに温かい女の子もいゝもんでしよ~」とだけ、云ひ添へた。後は、惠都巳、黙つて枝垂の抱擁を受けるだけであつた。



【ⅴ】


 で、何故プライヴェートな事に迄「シュ―・シャイン」が目を光らせてゐたのか、と云ふ問題。讀者はお分かりか。さう、枝垂が引つ掛かつた「臺湾美人」、【魔】だつたのである。枝垂はその【魔】の件、知つてゐたのか。それは謎である。知つてゐたとしても、カンテラの手前語らなかつたらう。私(筆者)はこの物語の何処かに、「魔界と冥府は同族嫌惡をし合つてゐる」と書いた覺えがある(何処だつたかは忘れた)。ハーデースの目も、枝垂は怖かつた。



【ⅵ】


 こゝでやうやく冒頭の伏線が、効く。臺湾【魔】の娘、枝垂が抱いた、は魔界の庶民だつた。彼女の目には、枝垂は颯爽たる靑年實業家に映つた(それもまんざら大袈裟な話ではないが)。彼女の憧憬に枝垂は「乘つてしまつた」譯で、枝垂は本当にその【魔】娘、惠都巳、兩者には申し譯ない、と思つてゐた。惠都巳はさう云ふ「罪のない」男である枝垂が大好きなのだつた。



【ⅶ】


 で、その事カンテラの耳に迄届いてゐたかつて? それは秘密である。たゞ、杵塚ばりの艶福が、枝垂にあつても良い、とカンテラは思つてゐた。枝垂は、シグナスXが当たつたら、何か氣の利いたプレゼントを臺湾【魔】の彼女に贈り届けやう、と思つてゐた。



【ⅷ】


 だが、勝負に喩へれば、一番の勝者は惠都巳だつた。もう浮氣はこりごりの枝垂だつた。

 この、人間と【魔】の交はり、もう一度だけ訊くが、讀者諸兄姉、如何思はれたか。枝垂は、人間界、魔界、冥府を行き來して思つたのだが、其処にも一抹の平和があつていゝ、筈なのだつた。

 とまあ、教訓を殘し、この話は終はる? 終はる譯やないよね。因みに、当該臺湾【魔】娘の名は、桂憂花(けい・いうか)と云つた。

 

 この項續く・苦笑。ぢやまた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈爽やかさ邪魔な愁ひの湿度かな 涙次〉



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