泡鳴区への土産話と、再会の約束
焔の峰から見下ろす港には、見慣れた木造船、鯨骨号が帆を広げて待っていた。
「じゃあ、そろそろ出航の時間だな」
バルゴ船長が腰をぽんと叩きながら、積荷の最終確認をしている。
焼酎――八洲が誇る幻の酒。
それを守ってきた男・酒鬼剣聖ヤシロとの死闘を経て、私たちはようやくこの地を離れることになる。
「――次に来るときは、“八洲酒”を味わいに来い」
出航前、ヤシロがそう言った。
八洲酒。
それは米を丁寧に磨き、清らかな水とともに仕上げられる、焼酎とはまた別の“静謐の酒”。
たぶん日本酒のようなものだ
「そのときは……飲ませてやるよ」
ヤシロはそう言って、うっすら笑った。
――今回は“焼酎”の香りで倒れたけど、
次こそは、静かに“心で酔う”酒を。
新たな旅の種が、またひとつ芽吹いた。
◆
「その前に、泡鳴区のみんなにお土産買って帰らないとね!」
クラリスが、港町の土産屋で次々と品を手に取っていく。
「この“玉酒せんべい”、お酒の風味が染み込んでるらしいですね」
「これ、『酔いどれまんじゅう』って書いてある。……伊吹、食べないでね」
「へへっ……買うだけだってば!」
和紙で包まれた小瓶、箸に似た細い木製の武具、ちりめん細工の“酒樽マスコット”……
どれも異国の情緒に溢れていて、泡鳴区の仲間たちの顔が自然と浮かんでくる。
「泡鳴区の連中、待ってるかな……」
ふと呟いた私に、クラリスとミスティアが並んで微笑んだ。
「ええ。伊吹さんが“土産話”をたっぷり用意してきたんですもの」
「きっと、あのバカみたいに明るい連中は、宴の準備を始めてるわ」
◆
港の桟橋に戻ると、バルゴ船長が手を振っていた。
「乗り遅れたら置いてくぞー!」
「置いてったら、酒全部飲むからなー!」
「お前それ、どこまで本気で言ってんだ……」
笑い声が、八洲の空に溶けていく。
荷を積み、帆が張られ、鯨骨号が静かに岸を離れる。
提灯が揺れる町並み。瓦屋根の家々。石畳の坂道。
一幅の絵のような八洲の風景が、ゆっくりと遠ざかっていく。
「伊吹」
ヤシロの声が、最後に背中から届いた。
「次は、“酒を交わすため”に来い。
戦うためじゃなく、語らうためにな」
「……ああ。約束する」
風が吹き、霧の海がまたその姿を閉ざした。
◆
その夜、船上での宴は控えめに――という名目で、
結局ふたたび、伊吹はラム酒を飲んで酔い潰れる。
「帰る前に結局これか……」
クラリスはため息をつきつつも、伊吹の頭に濡れた布をかけてやる。
「でも、悪くない旅でした」
ミスティアの声が、波音とともに揺れていた。
泡の道は、まだまだ続いている。
焼酎の次は日本酒。
その次は――まだ見ぬ異国の酒が、わたしたちを待っている。




