三重の響き、泡と刃と酒と
――風が、変わった。
焔の峰の深奥。
あの“邂逅”から一夜が明けても、わたしたちはそこを離れなかった。
理由はひとつ。
あのまま引き下がるわけにはいかない。
「もう一度、挑ませてください」
私たちは朝靄の中で、庵の前に正座していた。
伊吹、クラリス、ミスティア――三人が並び、酒の神に祈るように。
ヤシロは静かに現れ、しばし沈黙したのち、言った。
「……“勝てる”とは、思っていないな?」
「ええ。でも、“挑みたい”とは思っています」
そう答えたミスティアの声は、震えていなかった。
ヤシロは微かに頷き、再び剣を取る。
「ならば、問うはただ一つ。
――酔えるか?」
「もちろん!」
私が立ち上がる。
腰の瓢箪を、ぎゅっと握る。
「今度は、三人の“酔い”で行く!」
◆
「《酒技・酔気噴射》!」
まずはわたしが先手。
《酔楽の酒葬》の口を開き、圧縮された酒気を霧の中へ放つ。
ぶおおおっと音を立てて噴き出す酔気が、視界と嗅覚を覆う。
「《泡沫魔法・防膜――ソーダシェル》」
ミスティアが展開した炭酸膜が、後衛を守る。
「いくよ、クラリス!」
「うんっ!」
泡の防御をすり抜け、クラリスが跳ねる。
「《閃律剣・セレスタ》!」
刃が音を引き、空気を旋回する。
ヤシロの眼前で音が弾けた。
――が、それでもヤシロは動じない。
ただの一太刀。
右腕をわずかに振るうだけで、その斬撃は“音”を断ち切った。
「お前たちは、まだ“心”を統一していない」
「じゃあ、“合わせる”よ!」
「《泡沫魔法・導流――スパークルライン》!」
ミスティアが放つ泡の道が、地を走る。
その上をクラリスが滑るように移動し、軌道を制御不能な曲線に変える。
「《閃律剣・クロッカ》!」
泡と斬撃の十字が、ヤシロに迫る!
「《酒技・火酔爆》!」
私の爆炎が、そこへ重なる。
――轟音。
閃光。
熱風。
しかし――。
そこに、ヤシロの気配はなかった。
「またか……!」
後ろ、ではない。
上空。
斜め上の木枝の上に立っていた。
着地の音すらなく、風の一部となったように感じる。
「――“見えない”のではない。“予測できない”のだ」
ヤシロが言う。
その言葉に、私はハッとする。
「……“心を斬る”ってのは……」
読まれるってことだ。
技の性質、立ち位置、体重移動――
全部、見透かされてる。
いや、“意志”が読まれてるんだ。
◆
「だったら――読めないぐらい、“酔えば”いい」
私は新たなお酒を取り出した。
ピルスナー系――《集中持続・ピルスナーフォーム》
ごくりと喉を鳴らす。
爽快で、鋭く澄んだのど越しが、体中を突き抜ける。
「集中を切らさずに、突き抜けろ……!」
ヤシロがアドバイスをくれる。
「ミスティア、援護お願い!」
「了解です!」
「《泡沫魔法・滑層――スリップフォーム》!」
地面がぬるりと泡で覆われ、ヤシロの足場がわずかに乱れる。
「《酒技・酔乱槌》!!」
金棒《酔鬼ノ号哭》を横に薙ぎ払う!
霧を裂き、大気を割る一撃。
「《閃律剣・ラピス》!」
蒼い軌跡が、回転して重なる。
そこに、ミスティアの魔法が追撃。
「《泡沫魔法・穿突――スパークリングスピア》!」
泡の槍が、ヤシロの退路を突き塞ぐ。
三方向からの攻撃。
――これは、通る!
しかし。
「――まだ、“一撃”ではない」
ヤシロの声が霧の中に響いた。
そして次の瞬間――すべてが“斬られた”。
音も、泡も、爆発も、酒気も。
すべての“軌道”が逸れていく。
「なんで……!?」
わたしたちは一斉に叫ぶ。
「お前たちは確かに酔った。意志も重ねた。
だが、それは“外へ向けた意思”だ。
今、お前たちに足りないのは――“内へ向ける刃”だ」
◆
沈黙。
再び、静寂。
息が切れる。
ミスティアも、クラリスも、わたしも、膝をつきそうになる。
ヤシロは再び刀を納め、ただ静かに言う。
「“勝ちたい”と願うな。“通じたい”と酔え」
その言葉に、私たちは言葉を失った。
“戦う理由”を、問われている。
なぜ酔うのか。
なぜ斬るのか。
なぜ放つのか。
――そこに、“心の盃”があるか。
◆
私は拳を握る。
酔いの熱が、胸を貫いている。
「……だったら、次はそれを見せる。
“心で酔う”ってやつを……証明する!」
クラリスが剣を支え、ミスティアが泡を集束させる。
静かに。
だが確実に。
三人の“音”が――ひとつになろうとしていた。




