焔の峰へ――焼酎を守る男《酒鬼剣聖・ヤシロ》
焔の峰――その名が告げられた瞬間、私の中で何かがはっきりとした。
ああ、きっとそこにいる。
“焼酎”というこの世界における極上の一杯。その頂に立ち、酒を、剣を、命を懸けて守る男。
――《酒鬼剣聖・ヤシロ》。
口に出すだけで、喉が渇いた。
◆
「いよいよ、ですね」
ミスティアが呟く。
私は腰の瓢箪を軽く叩く。
「焼酎、飲む気満々でしょ?」
「当然じゃん。つーか、ここまで来て飲まずに帰ったら、死んでも死にきれねぇっての!」
「そのセリフ、何回目よ」
クラリスが冷静にツッコむ。
「でも確かに、この旅の“核”に触れる瞬間が近いのは、感じます」
ミスティアがそっと、空を指す。
天にはもやがかかっている。
焔の峰の名前の通り、山の中腹からはゆらゆらと赤い陽光が差し込み、まるで炎を纏った神殿のようにも見えた。
「どうやって行くの? 登山道とかある?」
「“道”はあるさ。ただし、歓迎されるかどうかは別の話だがな」
声の主は、昨日出会った武人の一人だった。
「《ヤシロ》は、ただの剣士ではない。彼は“焼酎”という文化を、武の道にまで昇華した男。戦えば、酔いが舞い、刃が閃き、魂が試される」
「最高じゃん」
私は拳を握りしめた。
「……酔いながら戦うって、冷静に考えてすごく危なくないですか?」
「ミスティア、その常識はここでは通じない。たぶん、ヤシロさんは“飲めば飲むほど強くなる”系だわ」
「……八洲版、伊吹さん」
◆
翌朝。
私たちは八洲の町を出て、山道に入った。
石段は苔むしていて、足元は滑りやすい。
だが、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、この道を登るたびに、空気が澄んでいくような気さえした。
「ふぅ……クラリス、息乱れてない……? 大丈夫?」
「問題ないわ。むしろ心が落ち着いてくる。まるで“剣の稽古前の集中”みたい」
「……わかります。私も、泡が整ってきた」
「泡が整うって何?」
「ミスティア語よ。つまり気持ちの“炭酸バランス”が整うって意味でしょ」
「正解です」
そんな会話をしていると、森の中に、ひとつの鳥居のような石門が現れた。
その先に、ひとりの男が佇んでいた。
背は高く、白い羽織に黒帯を締めている。腰には、八洲刀と思しき長剣。
だが――何より目を奪ったのは、その背中に吊るされた一本の“黒瓢箪”。
そして、足元に転がる、空になった酒瓶の山。
男はゆっくりと振り返った。
無精髭。鋭い眼光。そして……どこか寂しげな微笑み。
「……焼酎を、求めて来たのか?」
その一言に、全身が震えた。
私は一歩、前へ出た。
「そうだよ。異国から来た、酔いどれ旅団の伊吹だ。あんたが、《酒鬼剣聖・ヤシロ》か?」
「……酒の匂いがする」
ヤシロは、私の腰の瓢箪――《酔楽の酒葬》を見つめた。
目が細まる。
そして、低く笑った。
「――面白い。焼酎を求める旅人よ。ならば、山の“深奥”へ来い。お前の“酔い”と“覚悟”を見極めよう」
そう言い残すと、男は森の奥へと姿を消した。
◆
焼酎を守る男、《酒鬼剣聖・ヤシロ》。
その存在が、いま確かに道を拓いた。
これは、ただの戦いではない。
これは、“酒”と“剣”と“信念”を賭けた、命の交差点だ。
「――行こう。焔の峰の頂へ。私たちの焼酎が、待ってる!」




