刃の道、響く心――八洲剣術とクラリス
八洲の朝は、柔らかく澄んでいた。
海から吹く潮風に、木々の香りと鉄の匂いが混じる。
昨日の港とは違い、今日は町の奥――石畳を登った先にある“鍛冶町”を歩いている。
そこで、クラリスは出会ってしまった。
「……あれは――」
鍛冶屋の軒先で、男たちが手入れしていた一本の刀。
直線的に伸びた刃。
反りは浅く、鍔は丸く小ぶり。
研ぎ澄まされた刃文が、陽の光を受けてほのかに揺れていた。
「日本刀……に、似てる……」
私が呟いたその隣で、クラリスの目が釘付けになっていた。
「……この構造、斬撃に特化してる。無駄がない……」
その表情は、まるで少年のようだった。
「お客さん、興味あるのかい?」
気のいい職人が声をかけてくる。
「ええっ……あの、その、見てもいいですか!?」
「もちろんだ。これは“八洲刀”って言ってな。うちじゃ特に“波刃”って呼んでる。斬るためだけに進化した刀身だ。だが――扱いは難しいぜ?」
職人の言葉もそこそこに、クラリスは刀を見つめながら、そっと指を這わせる。
「……綺麗。ううん、美しい……。閃律剣・フェリシアとは違う、まるで“沈黙する旋律”みたいな刃……」
「そっちは音を纏って斬るタイプだもんね。これは、“無音で仕留める”系?」
私が口を挟むと、クラリスは珍しく頷いた。
「そう……静かに、速く、深く斬る。――これで戦ってみたい!」
「めずらしーねえ、クラリスがここまで食いつくなんて」
「……静かなる熱狂ってやつですね」
ミスティアがにやりと笑う。
クラリスは少しだけ頬を赤らめて、肩越しにこちらを見た。
「な、何よその顔。だって本当に、すごく良い刀なのよ。波刃っていうの?」
「お嬢さん、剣士なのかい?」
職人がクラリスを見て尋ねると、彼女は背中の閃律剣を見せる。
「――これは“旋律で斬る剣”。けれど、斬るという行為の本質は変わらない。私は“剣”そのものを愛しているの」
その言葉に、職人が目を細めた。
「なら、教えてやろうか。“八洲剣術”のことを」
「……!」
◆
町の一角にある道場に案内された。
土の打ち込み場。木造の屋根。
和風のようで異世界風でもある、独特の造り。
そこでは老いた武人が、若者たちに型を教えていた。
「八洲の剣術は、“斬る前に勝つ”を極意とする。構え、呼吸、歩法、そのすべてに“静かなる意志”が通っている。速さではない。音でもない。“先に心を斬る”――それが、我らの流儀だ」
老武人の言葉に、クラリスは何度もうなずいていた。
目が輝いている。
珍しく、ぐいぐい前に出る。
私とミスティアは、そんな彼女を後ろから眺める。
「……クラリス、少年だったら“剣オタク”って呼ばれてたね」
「否定できませんね。あの眼差しは、“理想の刀”に出会った人のそれです」
「うわ、ヤバい。これ、このまま弟子入りする流れじゃね?」
「止めますか?」
「止めない。面白いから」
二人でこそこそ話していると、クラリスがくるりと振り返った。
「伊吹、ミスティア。私、八洲刀の技、ちょっとだけ学びたい。ほんのちょっとだけ、よ?」
その目の輝きに、誰も異を唱えられるわけがなかった。
◆
夕暮れ。道場の端に、武人が一人腰を下ろした。
「……そういえば、お前たち。“焼酎”を探してるんだったな」
私が頷くと、武人は静かに呟いた。
「ならば、焔の峰を目指すといい。“酒鬼剣聖・ヤシロ”は、そこにいる。剣を極め、焼酎を守る男。……ただの剣豪じゃない。焼酎と共に生き、焼酎を命にした男だ」
「焼酎を、命に……」
「剣を交わす者は、その“覚悟”を問われるだろう。だが、お前たちなら、きっと通じるものがあるはずだ」
通じるものか。
八洲に来て、クラリスが剣を。
私は酒を。
ミスティアは魔術を――。
私たちはそれぞれ、自分の“道”に向き合い始めていた。
焔の峰が、静かに紅く染まりはじめていた。




