焼酎を求めし異国の来訪者
八洲の港に降り立って間もなく、わたしたちは濃密な“気配”に囲まれていた。
石畳の道を進むたびに、作務衣のような服に身を包んだ商人や、頭巾を被った町娘たちが、ちらちらとこちらを見てはひそひそと囁き合う。
異国の珍獣でも見つけたかのように。
「……思った以上に、目立ってますね」
ミスティアがこめかみを押さえた。
「そりゃあ、そもそも私たちの服装、八洲とまったく違うからね。背中に金棒背負ってる時点で警戒されるって」
わたしは自分の“酔鬼ノ号哭”を背負い直しながら肩をすくめた。
見れば、近くの店先にいた町娘が、手にした魚を抱きかかえたままじっとこちらを見ていた。
肌は浅黒く、目元には八洲特有の紋様が入っている。
眉を吊り上げるような目つきは、好奇心と警戒の混じったものだった。
「……あのねぇ、あんたら、どこから来たの?」
思いきったように娘が話しかけてきた。
「海の向こう。泡鳴区ってとこから」
「泡……? 知らない地名だね。お酒でも探しにきたの?」
「そうなんだよ! “焼酎”を求めて八洲に来たのさ!」
わたしの言葉に、その場の空気が一瞬止まった。
通りかかっていた魚売りの青年が目を見開き、商人たちが口をあんぐりと開ける。
「しょ、焼酎……?」
「焼酎って、あの……?」
「まさか、焼酎目当てでこの国に?」
ざわっ、と港町の空気が揺れた。
ひそひそとしたささやきが波のように広がっていく。
「まずい、これ……」
クラリスが低く呟き、手が柄にかかる。
そのとき――。
「おいおいおい、怖がらせるんじゃねぇよ!」
豪快な笑い声とともに、海風のように現れたのは船長バルゴだった。
「こいつらはオレの連れだ! 悪さする連中じゃねぇ。むしろ、酒を愛してやまねぇ“旅の酔いどれども”よ!」
バルゴの言葉に、町の空気が変わる。
どこか緩んだような雰囲気が流れた。
「バルゴの旦那の紹介なら、間違いねぇな」
「あの人、八洲でも顔が利くって聞いたことある」
「酔いどれ……確かに、あの娘の顔は酔っぱらいの目だ」
失礼なっ!!
でも、否定できないのが悔しい。
バルゴは八洲でも顔が利くのか。
先に教えておいてほしかった。
「焼酎を探してるって……もしかして、あの“山の酒”のことか?」
商人のひとりがぽつりと呟いた。
その言葉に、町娘がさらに興味を示す。
「あんたら、本気で“山に入る”つもり? あそこには“酒鬼剣聖”がいるって話だよ?」
「酒鬼剣聖……」
小さく呟いたミスティアの声が、何かを確信しているようだった。
クラリスはすでに刀に意識を集中させている。
「……ただならぬ気配を感じたのは、やっぱりあの山だったのね」
「へっ、上等じゃん。焼酎を守る剣士? 話が早い! 乗り込むしかないね!」
わたしは腰の瓢箪――“酔楽の酒葬”をぽんぽんと叩きながら笑った。
町の人々はあきれたように、しかしどこか興味深そうにわたしたちを見ている。
「……まあ、せっかく来たんだ。楽しんでいってくれ、旅人さんよ」
魚を焼く香りが、路地から漂ってきた。
港町の風は穏やかで、でもどこか熱を孕んでいる。
異国の港に咲いた、ひとつの酒の縁――
焼酎を求める旅は、確かにこの地で動き出した。




