霧を抜けて、八洲へ
翌朝、海は一変していた。
青空も太陽も隠され、あたり一面を白い霧が覆っている。
甲板から覗いても海面すら霞み、船首は数メートル先しか見えなかった。
「まるで牛乳に沈んだみたい……」
わたしは甲板の手すりに寄りかかり、息を吐いた。
潮風すら重たく湿り、冷たい滴が頬を濡らす。
「“霧の海”か」
クラリスが険しい顔で剣を握る。
「船乗りの間では“遭難者の墓場”とも呼ばれている。進路を誤れば、座礁か……最悪、魔海流に呑まれる」
「うわぁ……そんな怖い場所なの……」
わたしは思わず肩を竦める。
だが船長バルゴは腕を組み、豪快に笑った。
「心配いらん! 嬢ちゃんたちがいれば、この霧なんぞ屁でもねぇ!」
「……やるしかありませんね」
ミスティアが前に出た。
杖を握る手に力を込め、霧の向こうへと視線を向ける。
「《泡沫魔法・零式:エアボム》!」
ぼん、と澄んだ音を立てて炭酸の弾が弾ける。
爆発した泡は霧を押し退けるように吹き飛ばし、視界の隙間を作った。
さらにもう一発。
「《エアボム》!」
霧の道が断続的に開き、船はそこを縫うように進んでいく。
「おおおっ! 道ができた!」
船員たちから歓声が上がる。
クラリスは感心したように頷き、
「ミスティア、お見事」
と短く賞賛を送った。
「い、いえ……これくらいなら」
ミスティアは少し頬を赤らめるが、その手の動きは止まらない。次々と泡を弾けさせ、霧を切り裂いていく。
「わたしもこのお酒で霧をはらそうかな?」
腰の酔楽の酒葬をポンっと叩く。
「伊吹はおとなしく座って待ってましょうね」
クラリスの冷たいツッコミが看板に響く。
やがて――。
霧がふっと薄れ、視界の向こうに影が浮かんだ。
黒々とした断崖、その上に広がる深緑の森。
「……見えた」
クラリスが低く呟く。
「八洲の島影」
胸が高鳴る。
焼酎の本場、そして次なる冒険の舞台。
わたしは水平線の向こうに広がるその影を見つめ、無言で拳を握りしめた。




