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異世界に酒税法は存在しねぇんだよぉぉぉ!!  作者: ヒオウギ


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波間に蠢く影

 船の舷側を叩く波音が、どこか心地よいリズムを刻んでいた。


 港町アクアレーンを出て数刻。

 船乗りたちの歌声とオールの軋みが混じり、初めての航海に胸を躍らせる。


「潮風……! 海の上の空気って、なんでこうもおいしいんだ!」


 わたしはすでにジョッキを掲げる気分で、甲板の上で大の字になった。


「伊吹、浮かれすぎです。まだ出航したばかりでしょう」


 クラリスが呆れ顔で腰に手を当てる。

 剣士らしく凛々しいが、足取りは船の揺れに慣れていないのかぎこちない。

 

 一方、ミスティアは水色の髪を潮風に揺らしながら、観察日誌にさらさらと筆を走らせていた。


「波の周期……風の速度……なるほど、これが“外洋”の環境……」


「……ミスティア、研究旅行じゃないんだから」


 そんな掛け合いをしていた、そのとき――。

 船体がぐらりと大きく揺れた。船員の一人が叫ぶ。


「海魔だぁぁ!!」


 海面から突き出したのは、巨大な触腕だった。

 ぬらぬらとした黒紫の皮膚が夕陽を反射し、吸盤の内側に鋭いトゲがびっしりと生えている。

 水面下からはさらに二本、三本と触腕が伸び上がり、船を締め潰そうとしていた。


「なっ……でかすぎだろ!!」


 わたしは思わず身を乗り出した。船員たちは悲鳴を上げ、船長バルゴの怒号が飛ぶ。


「怯むなぁ! 舵を守れ、オールを構えろ!」


 だが、触腕が甲板に叩きつけられ、木片が飛び散る。

 わたしたちは即座に武器を構えた。



「《泡沫魔法・防膜:ソーダシェル》!」


 ミスティアの声が響き、甲板全体に透明な泡の膜が広がった。触腕が叩きつけられても衝撃は和らぎ、船体の崩壊を辛うじて防ぐ。


「助かった! ――よし、こっちも行くぞ!」


 わたしは腰の瓢箪《酔楽の酒葬》を掴み、口を開いた。

 迸るのは琥珀色の液体。

 喉に流し込んだ瞬間、全身に熱が走る。


「《魔力上昇・トラピストフォーム》!」


 フルーティで強いビールの加護が、ミスティアの魔法陣を膨張させる。彼女が詠唱を続けると、泡が爆発的に増幅した。


「《泡沫魔法・穿突:スパークリングスピア》!」


 水面を突き破るように、炭酸の槍が触腕を貫いた。黒紫の肉を切り裂き、海水が赤黒く染まる。


「おおおおっ! いいぞ、ミスティア!」


「……伊吹さんの酒の援護があれば、これくらいは」


 彼女が小さく呟いた瞬間、別の触腕が振り下ろされる。


 そこにクラリスが駆け込んだ。


「《閃律剣・セレスタ》!」


 剣閃が縦に奔り、音の波紋が触腕を裂く。鋭い旋律が空気を震わせ、切断面から黒い体液が飛び散った。


「クラリス、ナイス!」


「まだ終わってない!」


 海魔は甲高い咆哮を上げ、ついに海面から巨体を現した。


 巨大な烏賊にも似た姿。無数の目がぎょろぎょろと光り、船を睨む。


「ひぃっ……!」


 船員たちが青ざめるが、船長バルゴが吠えた。


「腰を抜かすな! 嬢ちゃんたちが前に立ってる! 俺たちは舵を守れ!」



「なら、仕上げだ!」


 わたしは瓢箪を逆さに振りかぶり、酒を噴射した。


「《酒技・酔気噴射》!」


 勢いよく飛び散った酒が海魔の複眼を直撃する。

 異世界人や魔物にとっては毒。

 瞬時にただれ、海魔は悲鳴をあげてのたうった。


「今よ!」


 クラリスが跳び、蒼光を纏う斬撃を振り下ろす。


「《閃律剣・クロッカ》!」


 十字の閃光が走り、海魔の巨体を切り裂いた。


「《泡沫魔法・零式:エアボム》!」


 ミスティアが追撃し、泡の爆発が断面を吹き飛ばす。


「――トドメは、あたしだぁぁ!」


 わたしは酒気に魔力を込め、金棒《酔鬼ノ号哭》を振り下ろす。


「《酒技・火酔爆》!!」


 炎を纏った一撃が海魔の頭部を砕き、轟音と共に水柱が上がった。


 海魔の絶叫が消え、巨体は海中へ沈んでいく。



 静寂。


 次の瞬間、船員たちから大歓声が巻き起こった。


「やったぞぉぉ!!」


「海魔が沈んだ!!」


 わたしは酔鬼ノ号哭を肩に担ぎ、にやりと笑った。


「やっぱり、酒は最強!」


「……あなたじゃなくて、お酒と仲間のおかげでしょう」


 クラリスが冷静に返す。


「でも、本当に助かりました」


 ミスティアが小さく微笑む。


 沈みゆく夕陽に染まる水平線を眺めながら、わたしたちは次なる航海を見据えた。

 

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