酒樽と怪力、そして航海へ
――こうしてわたしたちは、豪腕船長バルゴの船に乗り込むことを許された。
海図に赤く印された航路は、まっすぐ八洲へ続いている。
だが同時に「霧」「海魔出没」といった不穏な書き込みも躍っていた。
「さて嬢ちゃんら、明日の朝に出航だ。今日は船室でゆっくりしてな」
バルゴが豪快に笑い、酒臭い息を吐く。
「海を渡るってのは命がけだが……まあ、あんたらなら退屈させてくれなそうだ」
木造の船は思った以上に大きかった。
二本の帆が夜風に揺れ、甲板には荒々しい船乗りたちが寝そべっている。
みな腕や顔に古傷を持ち、酔っ払いながらも鋭い眼をしていた。
「伊吹さん、彼らの視線……ちょっと怖いですね」
ミスティアが声を潜める。
「そりゃ、こんな見た目の私たちが乗り込んだら珍しいんだろ。ま、気にしてもしょうがない!」
わたしは胸を張って答える。
「それにしても……甲板仕事、か」
クラリスが苦笑する。
「酒樽を運ぶのも、帆を上げるのも、私たちにとっては初めての経験」
その言葉どおり、すぐに試練が待っていた。
夜半過ぎ、船乗りのひとりが樽を転がしながらわたしに怒鳴った。
「おい嬢ちゃん! 積み荷が崩れちまう! しっかり支えろ!」
「へいっ、任せとけ!」
わたしは瓢箪に手を添える。
ぐい、と一口。
《剛力上昇・スタウトフォーム》
黒ビールの苦みが体を貫き、筋肉が沸き立つ。
「おらぁ!」
ずしりと重い酒樽を片腕で持ち上げ、荷台に積み直す。
船員たちが一瞬呆気に取られ、次の瞬間どっと笑い声を上げた。
「なんだそりゃ! 怪力娘じゃねぇか!」
「いいねぇ、酒樽が恋人みたいだ!」
クラリスが慌てて割って入る。
「……誤解しないで。彼女は特別なんです」
「特別ってか、酔っぱらいだろう」
誰かがからかい、笑いはさらに大きくなった。
でもその視線はもう敵意じゃなく、仲間を試す眼差しに変わっていた。
ミスティアが小さく囁く。
「……あなたの“勢い”が、場を和ませたみたいですね」
「だろ?」
わたしはにやりと笑った。
「本当は船室でゆっくりとお酒を飲みたかったのに」
バルゴの言っていたゆっくりとは?
◆
やがて夜も深くなり、港の灯りがかなり遠ざかる。
バルゴが甲板で煙管をふかしながら、ぽつりと口を開いた。
「八洲へ行くのは、命を削る旅だ。海は気まぐれだし、霧は人を狂わせる。……だが、それでも進むんだな?」
「当たり前だ!」
わたしは答える。
「焼酎が待ってるんだ。チューハイを完成させる、そのために!」
クラリスは真剣な眼差しで続けた。
「それに、私たちはもう立ち止まれない。旅の中で“本物の味”を知ってしまったから」
「……ええ。炭酸の泡だって、無駄じゃないと証明したいですから」
ミスティアも静かに頷いた。
バルゴはしばし黙っていたが、やがて喉を鳴らして笑った。
「ガッハッハ! いいねぇ、若い! よし、明日の朝日とともに帆を上げよう! 八洲へ――航海の始まりだ!」
夜風が帆を叩き、海の匂いが胸いっぱいに広がる。
わたしたちの旅路は、いよいよ新たな段階へ踏み出そうとしていた。




