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異世界に酒税法は存在しねぇんだよぉぉぉ!!  作者: ヒオウギ


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潮風と苦き一献

 港町アクアレーンの夕暮れは赤く染まった海面がゆらゆらと揺れていて、それだけで酒のつまみになりそうな光景だった。

 桟橋に並ぶ小舟からは漁師たちが網を担ぎ上げ、魚市場には威勢のいい声が飛び交っている。


「すごい……! こんなに魚が……!」


 クラリスが目を見開いた。


 山と積まれた銀色の鱗が陽を受けて輝き、まるで宝石箱みたいだ。


「……鮮度が素晴らしいですね。内臓の張りも、目の澄み具合も」


 ミスティアは興味深げに魚を覗き込み、学者みたいに冷静に評している。


「もう我慢できない!」


 わたしは真っ先に市場の一角にあった食堂へ飛び込んだ。



 木造の大衆食堂。

 壁には魚の絵と酒瓶がずらりと並び、奥の厨房からは焼き魚の匂いが漂ってきていた。


「いらっしゃい! 今日は油鯖がいいぞ、焼き立てだ!」


 店主が威勢よく声を張り、炭火の網からは脂が「じゅうっ」と音を立てて滴る。


「三人前! あと貝の蒸し物も! それから……刺身盛り合わせぇぇぇ!」


「伊吹、頼みすぎ!」


「……でも私も、食べてみたいです」


 クラリスがツッコミを入れる横で、ミスティアは控えめに頷いた。


 やがてテーブルに運ばれてきた料理の数々。

 炭火で焼かれた鯖は皮が香ばしく、箸を入れれば白い身がほろりと崩れる。

 レモンをぎゅっと絞って口に放り込めば――。


「……んぁぁあ! これだぁ!」

 

 海の塩気と脂の甘みが舌に弾け、鼻から抜ける香ばしさが幸福を直撃する。


「美味しい……! こんなに身がしっとりしてるなんて」


 クラリスが感嘆の声を漏らし、


「……これは酒にも合いますね」


 ミスティアが真顔で言う。


「でしょ? じゃあ酒も頼もう!」


 わたしは勢いで注文した。


 木のジョッキに注がれた琥珀色の液体が目の前に置かれる。

 泡立ちは控えめ、香りは穀物っぽい……でも、どこか不安を覚える匂いだ。


「……まぁ、港町の地酒ってやつかな。よし、一口……」


 ぐい、と飲む。

 次の瞬間――。


「……っぶふぉ!! にがっ! くっさ! 後味わるっ!!」


 思わず噴き出しそうになった。

 麦の焦げ臭さと雑味が喉にへばりつき、最後には鉄みたいな渋みだけが残る。


「伊吹、下品よ!」


「うぅ……でもこれ……水で割っても飲めねぇ……」


「……なるほど、これは“港町の酒”ですね」


 ミスティアは冷静に分析するが、眉間はしっかり寄っている。


「さすがに私もこれは……。料理が美味しいだけに、惜しいわね」


 クラリスが渋い顔でジョッキを置いた。


「おまえらわかってないなぁ!」


 隣の席の酔っぱらい水夫が突然話しかけてきた。


「この苦さがいいんだよ! 海風に当たりながら飲むと最高なんだ!」


「いやいや、絶対ワインとかのほうが合うだろ!」


 わたしが即座に反論すると、水夫は机を叩いて笑った。


「嬢ちゃん、酒を語る顔は一人前だな! ……おっと、そういや聞いたぜ。“八洲の酒”を探してるって?」


 その言葉に、わたしたちは一斉に水夫へ身を乗り出した。


「八洲の酒って、本当にあるの!?」


「おうとも。俺は一度だけ飲んだことがある。透明で、喉を通った途端に腹の底まで燃えるように熱くなる酒だ」


「……っ!」


 わたしの心臓が跳ね上がる。


「だがな、手に入れるのは難しい。八洲の旅商人が時折持ち込むが、すぐ買い取られちまう。海を渡って直接探すしかねぇだろうな」


 水夫は酔った勢いで語り、最後に「ま、無事でな!」と笑って席を立った。


 残されたわたしたちは顔を見合わせる。


「……ついに、はっきりしましたね」


 ミスティアが静かに呟く。


「八洲に行けば……焼酎がある」


 クラリスが真剣に言葉を継ぎ、


「行くしかないでしょ! 次の目的地は決まりだ!」


 わたしは拳を握りしめて立ち上がった。


 潮騒と酒場のざわめきの中で、新たな冒険の幕が上がった気がした。


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