潮騒に揺れる、八洲の噂
潮の匂いは、酒よりも強烈だった。
港町アクアレーン。
潮騒と鳥の鳴き声に包まれ、木造の桟橋は揺れるたびに軋みをあげている。
市場には新鮮な魚が並び、威勢のいい漁師の声が飛び交っていた。
「いいねぇ! 魚の匂いも、揚げ物の屋台も、酒樽の匂いも、全部混じって最高じゃん!」
わたしはすでにテンション最高潮。
両手を広げ、潮風を吸い込むと、そのまま市場の中に突っ込んだ。
「伊吹、待ちなさい! まだ情報収集が先よ!」
クラリスが慌てて追いかける。
「……あの人は、環境に酔うのも得意なんですね」
ミスティアが冷静に呟いた。
しかし足取りは速い。
◆
まずは市場の端に並んでいた漁師の一団に近づいた。
「すみませーん! 八洲のお酒って知ってますか?」
唐突に切り出すと、漁師たちは顔を見合わせて大笑いした。
「嬢ちゃん、目の付けどころが渋いな! 八洲といえば透明で強烈な酒だ」
「そうそう、腹の底まで熱くなる。飲みすぎりゃ海より先に吐き出すことになるがな!」
どっと笑い声が広がる。
「透明で強烈……!」
わたしは興奮で心臓が跳ね上がった。
「飲みてぇ……! それぇぇ!」
「やかましい!」
クラリスがすぐにわたしの襟首をつかんだ
「けどな、今は滅多にお目にかかれねぇ。八洲の連中は滅多に姿を見せねぇからな」
漁師の一人が肩をすくめて見せる。
◆
次に訪れたのは港で荷を積み下ろす商人たちの一角。
「八洲の酒を探しているのか?」
小太りの商人が、汗を拭いながらこちらを見た。
「俺も一度だけ見たことがある。米や芋で作るらしい。香りは軽いのに、とにかく胃袋に響く」
「米と芋……!」
思わず拳を握りしめる。やっぱり焼酎に違いない。
「ただな、流通量は少ねぇ。ここアクアレーンに持ち込む旅商人もいるが、ほとんどがすぐ買い取られてしまう。次にいつ現れるかは神のみぞ知る、だ」
商人はそう言って、肩をすくめて去っていった。
「……やはり手がかりは薄いですね」
ミスティアが小さく首を傾げる。
「だけど、確かに痕跡はある。八洲の酒は、この港を通ってる!」
わたしは胸を張って宣言する。
「伊吹、あまり声を張らないで。港中に響いてるわよ」
「……でも、彼女の勢いが情報を引き寄せているのも事実です」
ミスティアがぽつりと呟く。
クラリスがため息をつき、わたしがにやりと笑う。
潮騒の響きのなかで、確かに感じた。
この港のどこかに、次なる冒険の手がかりが眠っている――と。




