港町アクアレーン、八洲への手がかり
泡鳴区の拠点に戻ったわたしたちは、卓を囲んで作戦会議を始めていた。
机の上には市場で仕入れたパンや干し肉、それからグラン=バルムからもらった麦酒の残り樽。
香ばしい匂いの中、お酒の話題で頭がいっぱいになっているのは、当然のことだ。
「八洲……」
クラリスが地図を広げ、指で海の向こうをなぞった。
「この辺りですね。海路を渡った先、諸島が連なる国。伝承では剣士の国とも呼ばれています」
ミスティアが本を片手に補足する。
「へぇ〜。剣士の国で酒も強いなんて最高じゃん」
「伊吹、何でも“酒”基準で考えるのやめて」
クラリスが即座にツッコむ。
「でも、焼酎だよ? チューハイが作れるんだよ? 文明開化だよ?」
「文明って……」
わたしの興奮をよそに、ミスティアは真面目な顔で頷いた。
「確かに、グランさんの話だと、八洲の旅商人が一度だけ持ち込んだとか。つまり、正式な交易ルートがあるはずです」
「問題はそこか」
クラリスが顎に手を当てる。
「今、そのルートがどこで途絶えているのか。港町に行けば、何かしらの情報が手に入るかもしれません」
「港町……」
わたしは目を輝かせる。
「魚もいる! 酒もある! 完璧じゃん!」
「……伊吹さんの頭の中、八割は酒でできてるんですか?」
ミスティアが呆れる。
「失礼な。十割はいってるね!!」
二人がため息をつく。
「でもさ、港町ってことは――海の冒険になる可能性もあるってことだよね」
その言葉に、クラリスの表情がきゅっと引き締まった。
「確かに。海路は危険です。海賊や魔物だけでなく、嵐もあります。準備を整えてから挑む必要がありますね」
ミスティアも表情を引き締める。
「え、ちょっと待って。焼酎飲むために海賊退治とかするの?」
「伊吹が飲むためじゃなく、わたしたちが無事に辿り着くため」
クラリスの即答。
「……まあ、チューハイのためなら命張るのも悪くないか」
「悪いわよ!」
「悪いです!」
二人同時にツッコまれた。
話し合いの末、まずは「情報収集」が第一歩だと決まった。
港町アクアレーン――泡鳴区から馬車で一週間の距離にある交易都市。
そこなら八洲の船を直接見た者がいるかもしれない。
「アクアレーンか……名前からしてもう酔えそう」
「伊吹、真面目に聞きなさい!」
「はいはい。真面目に飲む」
「飲む前提やめて!」
わたしは笑いながらも、胸の奥にわくわくする熱を抑えられなかった。
あのグランが一度しか飲んだことのない酒。透明なのに強烈で、腹の底を灼く。
――絶対に飲みたい。いや、飲む。
「じゃあ、決まりね」
クラリスが地図を畳む。
「明日は市場で必要な装備と保存食を揃えて、その後、港町アクアレーンへ向かう」
「……ふふ」
ミスティアが口元を押さえ、微笑んだ。
「料理と酒の究極の組み合わせ……ノアさんも楽しみにしているでしょうね」
わたしは大きく頷いた。
「そうだよ! 幻の果実と焼酎でチューハイ作って、最高の料理と合わせるんだ! もう絶対、世界一の晩酌になる!」
「伊吹さん……本当に、酒神の使徒なのかもしれませんね」
ミスティアが呆れ半分にそう言い、クラリスは深々とため息をついた。
だけど、誰も反対はしなかった。
それぞれ心のどこかで、新しい旅の始まりを感じていたから。
その夜。
拠点の窓から差し込む月明かりを見上げながら、わたしは瓢箪を手に取った。
もちろん、戦闘以外で飲むつもりはない。だけど――。
「待ってろよ、焼酎……チューハイ……」
ぽつりと呟いた声は、月に酔った夜風にかき消されていった。




