表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に酒税法は存在しねぇんだよぉぉぉ!!  作者: ヒオウギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/145

蒼森の幻影④ ―果実の贈り物―

 戦いの余韻が静かに森へと溶けていった。

 蒼森獣の咆哮はもうなく、泉の水面は鏡のように澄んでいる。


 わたしは膝に手をつき、荒い息を整えながら泉の奥を見下ろした。

 ――あった。

 水底で淡い蒼光を放ちながら揺れている、丸い影。


「……見える?」


 声をかけると、クラリスとミスティアも泉に身を寄せた。


「ええ。……まるで宝石のようね」


 クラリスの声音には、剣士らしい緊張と、少女らしい高揚が同居していた。


「光……ではありません。あれは実体を持っています」


 ミスティアが杖を掲げ、泡沫の光を落とす。

 蒼光が反射し、まるで青い心臓が水底で脈打っているように見えた。


 泉の水に手を入れると、予想外に温かい。

 森の幻覚を生み出していた余韻なのか、指先がじんじんする。

 わたしはごくりと唾を飲み込んだ。


「……行くよ」


 腰まで水に浸かり、慎重に進む。

 靴越しに伝わる水草の感触は生き物みたいで気持ち悪い。


 やがて両手で抱え込むほどの果実が、わたしの前にあった。

 薄い青の皮が透き通り、内部で淡い光がゆらめいている。

 表面からは芳醇な香りが立ち昇り――その瞬間、頭が軽く痺れた。


「……っ、酒……?」


 匂いだけで酔い。

 果実から染み出す甘やかな香気は、葡萄とも、林檎とも違う。

 もっと原始的で、もっと強烈。


「伊吹!」


 クラリスの声。


「大丈夫? 顔が真っ赤よ」


「平気……多分」


 必死に笑みを作り、両手で果実を抱き上げる。

 水滴が光を反射し、腕の中のそれはまるで“森の心臓”だった。


「――これが、幻の果実」


 クラリスとミスティアの瞳が同時に輝いた。

 岸に戻ったわたしは果実をそっと布で包み、荷袋に収める。


「……信じられない。あんなの、本当に存在するんだ」


 クラリスは思わず息を漏らした。

 戦いでは勇ましい彼女も、今はただ一人の少女に戻っていた。


「成分はまだわかりませんが……果実そのものが発酵を帯びています。おそらく、この森が長い年月をかけて守り続けてきた理由は、そこにあるのでしょう」


 ミスティアの声は学者のように冷静だったが、その指先はわずかに震えていた。


 わたしは荷袋を撫でながら、自然と笑っていた。


「これだ。ノアが言ってた“幻の果実”。これを使えば――」


 想像するだけで、腹が鳴った。

 どんな料理になる? どんな酒に合う?

 いや、もしかしたらこれ自体が“酒”に変わるのかもしれない。


「……伊吹、目がギラついてる」


「否定できない」


「全く……懲りないわね」


 クラリスは呆れたように笑うが、その目尻は楽しそうに緩んでいた。


「……この果実と酒。組み合わせれば、きっと――」


 ミスティアが小さく呟く。


「料理と酒の究極の宴を、作り出せる」


 三人で顔を見合わせた。

 汗と泥と酒臭にまみれた顔なのに、不思議と誇らしかった。


「よし。帰ろう」


 わたしは荷袋を背負い直す。


「ノアがこれをどう料理するか、楽しみにしてやがれ」


 蒼森の風は穏やかに吹き、葉を揺らしていた。

 まるで長い守護の役目を終え、果実を託した森が微笑んでいるかのように。


 ――こうしてわたしたちは幻の果実を手に入れた。

 そして新たな宴、新たな物語への期待を胸に、泡鳴区への帰路についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ