蒼森の幻影② ―苦戦と突破口―
蒼光の狼が咆哮した瞬間、森そのものが敵に変わった。
樹々は軋み、地面は揺れ、青白い靄が波のように押し寄せる。
何重にも分かれた幻影の群れが、わたしたちを取り囲んでいた。
「多すぎる……っ!」
クラリスの剣が横薙ぎに走り、二体の狼影を薙ぐ。
だが切り裂かれたはずの体は霧散し、すぐに再び輪郭を持った。
「これじゃキリがないです!」
ミスティアの《泡沫魔法・零式:エアボム》が炸裂し、炭酸の衝撃波が周囲を揺らす。
だが幻影は泡をすり抜け、笑うかのように揺らめく。
わたしは舌打ちして瓢箪を握った。
辛口の白ワインを喉に流し込む。
「《直感強化・ブランフォーム》!」
世界の揺らぎが研ぎ澄まされる。だが幻影の数が多すぎて、すべてを捉え切れない。
さらに狼の群れが同時に襲いかかってきた。
「くっ……!」
咄嗟に金棒を構えるが、左から迫った顎に対応しきれない。
――ガキィン!
クラリスが割って入り、盾のように剣を構えて衝撃を受け止めた。
「伊吹、集中を切らさない!」
「わかってる……!」
しかし、避けたつもりの一撃が頬をかすめる。
血の代わりに、熱を帯びた酔気が滲み出した。
……違う。これも幻覚か? 本当に傷ついているのか?
視界が霞み、判断が鈍る。
「……っ、笑えねぇ……」
その隙を突くように、蒼森獣の本体が飛び出した。
黄金の瞳が目前に迫り、顎が金棒ごとわたしを噛み砕こうと迫る――。
「伊吹ッ!!」
「伊吹さんッ!!」
クラリスとミスティアの声が重なる。
瞬間、泡の壁が弾けて狼を押し返した。
ミスティアが必死に杖を振り、クラリスがわたしを引き寄せる。
「しっかりして! 伊吹が酔いに呑まれたら終わりよ!」
「……っあぁ、ごめん……!」
胃の奥が焼ける。
だが、このままじゃやられる。
頭を振り払い、もう一本の酒を流し込む。泡立つ炭酸の甘苦さが喉を満たす。
「《跳躍上昇・ブリュットフォーム》!」
足に軽さが戻る。
わたしは木々を蹴り、宙を飛んで幻影の外へ抜け出した。
そこから見渡す――。
気づく。
狼の群れは無数に見えるが、泉に落ちる影を作っているのはたった一体だけ。
「……いた……ッ!」
「クラリス! ミスティア! 真ん中だ! 泉の中心に影を落としてる!」
「「了解!」」
二人の声が同時に返る。
クラリスは剣を大きく振りかぶり、《閃律剣・クロッカ》の蒼光を纏う。
ミスティアは泡沫を渦にして杖を構えた。
わたしは宙から金棒を振り下ろす。
三人の軌跡が交差し――
ズドォォォンッ!!
直撃。泉の水柱が弾け、幻影が一気に霧散した。
蒼森獣が苦鳴をあげ、初めてよろめく。
「通じた……!」
「今のが突破口です!」
まだ決定打には届かない。
だが、道は見えた。
幻惑に翻弄されるだけじゃなく、泉の影を見極めれば必ず倒せる――!
「よし……三人で決めよう。次は仕留める!」
わたしの声に、仲間たちが力強く頷いた。
青白い靄がまだ渦巻く。
だがもう、酔いどれ旅団の目は酔気に濁らず、獲物を真っ直ぐ射抜いていた。




