幻の果実を求めて
翌朝、泡鳴区の市場はすでに喧騒に包まれていた。
肉を焼く匂い、香辛料の刺激、そして屋台から響く売り声が、胃袋を直接くすぐってくる。
だが今日の目的は買い食いじゃない。情報収集だ。
「……本当に、幻の果実なんて見つかるの?」
クラリスが腕を組み、呆れ半分、不安半分の顔で言った。
「あるって言ったのはノアだからね。アイツ、食材のことになると嘘つかないでしょ?」
わたしは胸を張る。
酒のためなら何でも信じる。
――いや、今回は料理も絡む。
究極の組み合わせと聞けば、冒険しない理由がない。
「……まあ、確かに。あのノアが珍しく熱を帯びてたからね」
「はい。彼女が“究極”と断言するのなら、ただ事ではないでしょう」
ミスティアは冷静にうなずき、周囲を観察していた。
まずは果物屋台に向かう。
木箱いっぱいのリンゴや柑橘が積まれているが――。
「“虹果の実”はある?」
「ははっ、嬢ちゃん、冗談きついね。そりゃ“幻の果実”って呼ばれてんだ。普通の市場に出回るわけない」
おっちゃんは笑い飛ばしたが、その目はちょっとだけ真剣だった。
「だが、山向こうの蒼森の森なら……もしかすると」
「蒼森……」
ミスティアが呟く。
「高濃度の魔力が満ちる場所です。普通の人間は入ると方向感覚を失うとか」
「危険地帯ってこと?」
「ええ。でも、だからこそ幻の果実が育つのかもしれません」
次に立ち寄った酒場で、古い冒険者に話を聞く。
「虹果の実……? ああ、聞いたことはあるさ。小ぶりの果実で、切ると中から金色の果汁が溢れるらしい。ひと口で酔うような甘みだとか」
「酔うような甘み……!」
思わず身を乗り出した。酒の話じゃないのに、この胸の高鳴りはどういうことだ。
「ただな……その実を守ってるのは蒼森獣だ。魔力で強化された狼どもだよ。噛みつかれたら骨まで砕かれる。ま、行くなら命の覚悟をしな」
クラリスが険しい顔になる。
「やっぱりただの冒険じゃないわね」
だが、わたしの心臓は逆に燃え上がる。
「よーし、決まりだな! 蒼森突入!」
「伊吹、簡単に言うけど……」
「大丈夫! 酒と肉のために戦ってきたんだから、果実の一つくらい何とかなる!」
クラリスが深いため息をつき、ミスティアは苦笑を浮かべる。
「……本当に、あなたは酒と食に関してだけは迷いませんね」
その日の午後。
市場で保存用の袋や魔物避けの香草を買い込み、武具の点検を済ませる。
クラリスは剣の刃を研ぎ、ミスティアは炭酸水入りの小瓶を追加で用意していた。
「伊吹、瓢箪の残量は?」
「問題なし! けど、戦闘以外じゃ飲まないよ」
「そこは守るのね……」
クラリスが呆れ顔。
夕暮れ、拠点に戻るとノアが待っていた。
「……準備はできた?」
「もちろん! 蒼森行って、虹果の実を取ってくる」
ノアは少し目を細め、短く頷く。
「……必ず戻ってきて。あの果実で究極の料理を作る」
その声音には、彼女の矜持と情熱が混じっていた。
酒と料理。究極の組み合わせ。
その言葉が頭の中で何度も反響する。
わたしは拳を握りしめた。
「よし、行くぞ。酔いどれ旅団、次の目的は――幻の果実だ!」
その夜、胸の鼓動が高鳴りすぎて、なかなか眠れなかった。




