ノアの依頼、幻の果実を求めて
食卓を片付け終えた後、ノアはエプロンの紐を解き、こちらを振り返った。
瞳が真っ直ぐにわたしたちを射抜く。
「……ひとつ、頼みがある」
「ん? 珍しいじゃん、ノアから依頼なんて」
「料理人としてのわがままだ」
ノアはいつも通り無愛想だが、その声にはかすかに熱があった。
「“虹果の実”を仕入れてきてほしい。幻の果実だ」
「幻?」
クラリスが首を傾げる。
「一季に一度、森の深層でしか実らない。甘みと酸味が極限まで凝縮されていて……その果汁は料理に、そして酒に、奇跡を起こす」
「奇跡って……そんな果物が本当に?」
「料理と酒の究極の組み合わせを作れる」
ノアは短く言い切った。
その言葉に、胸の奥がドクンと鳴る。
究極――料理と酒、その響きだけでわたしの舌はもう待ちきれない。
「……ふふ、伊吹、顔が完全に“飲みたい”モードね」
クラリスが呆れながらも微笑む。
「だってさ! “究極”だぞ!? 飲まない理由ある!?」
「……けれど、幻と呼ばれるだけあって危険もある。森の守り手がいて、普通の冒険者じゃ近づけないはず」
ミスティアが淡々と補足する。
「守り手……か」
わたしはにやりと笑った。
「上等!酒のためなら命賭けてでも取ってくる!!」
「酒以外に命かけられないの?」
クラリスが呆れ気味に額を押さえる。
「でも、伊吹さんらしいです」
ミスティアは小さく笑った。
ノアは腕を組み、少しだけ口元を上げた。
「……期待してる」
その声音には、彼女らしからぬわずかな高揚が混じっていた。
「“虹果の実”と酒……それを合わせれば、最高の料理ができる」
――究極の料理と酒。
それはただの食事じゃない、冒険の果てに辿り着く祝祭そのものだ。
わたしは拳を握りしめ、仲間たちを見渡した。
「決まりだ! 次の冒険は――“虹果の実”を手に入れる!」
その瞬間、拠点のリビングに新しい風が吹き抜けた気がした。
料理と酒の究極を求める旅が、今、始まろうとしていた。




