伝承酒との邂逅
――琥珀の光は、今も脈を打っていた。
祭壇に鎮座する一本の樽。
その表面に刻まれた紋様は古代の詩のように揺らめき、空気に滲む香りがわたしの喉を焼いていた。
「……これが、伝承酒……」
思わず呟く。
声が震えるのは、疲労でも酔気でもなく、目の前にある“酒”への渇望だ。
樽の栓を抜いた瞬間――。
空気が一変した。
焙煎した穀物の香ばしさ、潮風のような塩気、焦がした木樽の匂い。
煙のヴェールに包まれるみたいに、肺の奥までスモーキーな薫香が染み込んでくる。
視界が揺らめいた。
光が琥珀色の粒となって舞い、まるで焚き火の残り火が宙に散るみたいだった。
指先に触れるだけで、温もりと冷たさが同時に伝わってくる。
――うん、もう匂いだけでベロベロになれそう。
「うわ……香りだけで勝ち確の酒じゃん」
「伊吹、落ち着きなさい」
「無理だよクラリス! 鼻から飲めるレベル!」
私は勢いよく杯に注ぎ、琥珀色の液体を掲げる。
光に透けると、黄金から深紅へと揺らめいて……まるで酒神が「飲め」と言っているかのようだ。
「……じゃ、いただきまーす!」
一口――。
舌に触れた瞬間、痺れるような熱と甘みが爆ぜた。
焦がした樽の苦みが追いかけ、濃厚な旨みが波となって押し寄せる。
喉を通る時には、液体が炎に変わったようで、食道が赤々と燃え上がる。
「んぐはぁぁああああ!! あっつ! けど……うまッ!!」
肺の奥まで煙が満ち、胸の中心で火が灯る感覚。
耳の奥でゴォォと潮騒のような音が響き、皮膚の下を焔が走り抜けていく。
その瞬間――。
腰の瓢箪、《酔楽の酒葬》がぶるぶると震えた。
栓が勝手にカタカタ鳴り、まるで「おかわり! もっと注いで!」と言っているみたいだ。
「おいおい、瓢箪まで酔ってきた!?」
「……伊吹、道具にまで呑まれてどうするのよ」
「これは……共鳴ですね。新しい効果が……」
次の瞬間、体の芯が“カチリ”と切り替わる。
筋肉に炎が灯ったみたいで、呼吸のひとつひとつが熱を帯びる。
でも同時に、意識の奥はやけに冷静で――。
「……やば……これ、絶対新しい酒バフだ」
まだ名前は浮かばない。効果もよくわからない。
けど確かに、体の中に“琥珀色の力”が宿った。
私は笑い、杯を掲げた。
「やったな、《酔楽の酒葬》! おまえ、なんかわからんが進化したらしい!」
瓢箪がぶるっと震えて応える。
……いやこれ、絶対中で盛り上がってるだろ。
「……伊吹、ほんとに酒で人生やってるのね」
「いいじゃん! 酒は裏切らない!」
笑い声と、まだ残る琥珀色の余韻が、神殿の奥に響き渡った。




