泡鳴神殿・最奥 苦戦編
――轟音。
精霊の一振りで広間の床が抉れ、飛び散った酒気の泡が鋭い刃となって迫る。
「くっ……!」
クラリスの《フェリシア》が閃き、数本は弾かれた。
だが、残った泡槍が肩をかすめ、衣の端が酒気で溶けるように焼かれる。
「伊吹、近づきすぎ!」
「わかってるけど……!」
私は再び瓢箪を傾けた。
喉を突き抜ける辛口の刺激――《ブランフォーム》の直感が視界を澄ませる。
槍の軌道は読める。
だが、避けても避けても、数が尽きない。
「酒の奔流が……収まらない!」
ミスティアが叫び、杖を振る。
「《泡沫魔法・防膜:ソーダシェル》!」
炭酸の膜が一瞬、全員を守った。
だが次の波で一気に破られる。
泡が弾けるたび、視界が歪む。
頭がくらくらする――。
「……っ、やば……」
膝が一瞬、沈む。
アルコールに似た気配が全身を麻痺させていく。
これ、ただの攻撃じゃない。飲まされてる。
「伊吹、目が赤い……酔い始めてる!」
「クラリスも、顔が……真っ赤だぞ……」
「わたしは……まだ……!」
ミスティアが必死に耐えるが、足取りはもうふらついていた。
酔気に呑まれる
精霊の瞳が、冷ややかに揺れる。
「……やはり、おまえたちは酒に呑まれる存在か」
言葉と同時に、周囲の光景が揺らめいた。
――見覚えのある酒場のカウンター。
――笑い声。溢れるジョッキ。
幻覚だ。
足が止まる。脳が「座れ、飲め」と囁いてくる。
「違う……ここは……戦場……っ!」
私は頭を振るが、視界は霞むばかり。
「伊吹、しっかり!」
クラリスが声を張るも、彼女の手も震えていた。
剣先が泳ぎ、動きにキレがなくなる。
「くっ……これじゃ、全員ただ酔っぱらって潰れるだけ……!」
「……違う」
ミスティアの声が、か細くも確かに響いた。
「酒に呑まれるんじゃない……酒を、道具に変えるんです」
彼女の杖が淡く光る。
「《泡沫魔法・導流:スパークルライン》」
床を伝って流れ込んだ炭酸の道筋が、精霊の脚元を縛るように泡を立てた。
「……今!」
クラリスが歯を食いしばり、《閃律剣・フェリシア》を大きく振る。
だが、まだ押し切れない。
酒気の障壁が厚すぎる。
「なら――合わせる!」
私は瓢箪を傾け、弾ける泡を飲み干す。
「《跳躍上昇・ブリュットフォーム》!」
軽さが脚に宿る。同時に、まだ残っていた辛口白の力を併せる。
「《直感強化・ブランフォーム》!」
二つの効果が重なり、体が異様な冴えを得た。
酔気の霧を突き破り、精霊の頭上へ跳び込む。
「今だ、クラリス!」
「任せて!」
クラリスが剣を大上段に構える。
ミスティアは杖を掲げ、泡の道をさらに濃くして精霊を固定する。
「《泡沫魔法・穿突:スパークリングスピア》!」
「《閃律剣・セレスタ》!」
炭酸の槍と回転斬撃が同時に炸裂する。
その瞬間、私は落下の勢いを金棒《酔鬼ノ号哭》に乗せた。
「《酒技・酔乱槌》ッ!」
光と音が重なり、精霊の障壁に大きな亀裂が走る。
「……ッ!」
琥珀の瞳が、初めて揺らいだ。
だが――決めきれなかった。
精霊は傷を負いながらも、依然として健在。
広間全体が酔気の嵐に包まれ、私たちはよろめき、壁際に追い詰められる。
「くっ……ここまで来て……!」
「まだ……終わってません!」
「絶対に……飲む……!」
全員の声はもう息混じり。
それでも、視線だけは交わり、笑みが零れる。
「三人で行こう……次で、決める!」
ふらつきながらも武器を構える。
次の瞬間、広間に再び激突の予感が走った。




