泡鳴神殿・ガーディアン戦(苦戦パート)
琥珀色の巨体が動いた。
振り下ろされた腕が床石を砕き、衝撃で全身が跳ね上がる。
酒気の霧が爆ぜ、鼻腔を突く甘焦げた香りに頭が揺さぶられる。
「……くっそ、重てぇッ!」
わたしは《酔鬼ノ号哭》で必死に受け止めるが、腕に伝わる衝撃は骨を砕くほどだった。
力比べでは押し負ける――そう直感して、すぐに瓢箪へ手を伸ばす。
「銀色のラベル――《俊敏上昇・スプリントフォーム》!」
喉に流し込んだ冷たい液体が一気に身体を駆け抜け、世界の速度が引き延ばされる。
巨腕を滑るように回避し、床を蹴って反撃に移る。
「《酒技・酔乱槌》ッ!」
横薙ぎに叩きつけるが、琥珀の鎧はびくともしない。
ガーディアンは鈍重な動きのまま、酒気の波を放射する。視界が揺れ、頭が霞む。
「伊吹、下がって! あれ、直撃したら倒れるわよ!」
クラリスがフェリシアを煌めかせ、前へ飛び込む。
「《閃律剣・ラピス》!」
蒼光の斬撃が走るが、琥珀の結晶は表面だけ削られてすぐに再生する。
「硬すぎる……!」
「じゃあ、魔法で削ります。《泡沫魔法・穿突:スパークリングスピア》!」
ミスティアの炭酸槍が突き刺さり、内部で弾ける。だが……。
「……効きが薄い? 酒気で相殺されてる……?」
ガーディアンは揺らぎながらもびくともせず、逆に大口を開けた。
その奥から放たれたのは、濃縮された琥珀の奔流――酒気のブレス。
「くそっ、間に合え! 《耐久上昇・ダークフォーム》!」
スタウト系の重厚な黒ビールをあおり、全身に鉄鎧を纏ったような重みが走る。
ブレスをまともに受け止めるが、皮膚が焼けるように熱い。視界が霞んで膝が沈み込む。
「伊吹!」
クラリスがわたしを抱きかかえ、ブレスの射線から跳び出す。
その横顔には苦悶が浮かんでいた。
「耐えて……まだ終われない!」
彼女は渾身の剣撃を振り下ろす。
「《閃律剣・セレスタ》!」
旋律のような斬撃がガーディアンの胸を裂き――しかし、またも再生。
「……核があるはず。あれを砕かないと!」
ミスティアの声が焦りを帯びる。
炭酸の泡が彼女の足元から暴発するほど、魔力制御も限界に近い。
「だったら……!」
わたしは再び瓢箪を掴む。
赤い玉の甘美な液体を喉に流し込む。
熱と力が血肉を突き上げる。
「《力上昇・クリムゾンフォーム》!」
全身が火を吹くように熱くなり、腕の震えが消える。
わたしは金棒を肩に担ぎ、吠えた。
「行くよ! 三人で合わせるんだ!」
だが――。
その掛け声の直後、ガーディアンが両腕を振り上げる。
琥珀の波動が広間全体に放たれ、石壁すら酔うように揺らめいた。
膝が崩れる。
視界が歪む。
胃の奥からこみ上げる吐き気――。
「うぅ……やば……立てねぇ……!」
「伊吹っ!」
クラリスも片膝をつき、ミスティアも額を押さえている。
まるで「酒そのもの」と戦っているような、終わりのない泥酔の渦。
――勝てるのか?
心臓の鼓動が早鐘を打つ。
それでも。
わたしは瓢箪を握りしめた。
「……負けてたまるかよ……お酒で……お酒に負けてたまるかってんだ……!」




