泡鳴神殿・ガーディアン出現
――低い振動音が広間を満たした。
石台を囲む文様から溢れ出した光が、じわじわと形を取っていく。
床の石が震え、粉塵が舞い、わたしたちの足元までひび割れが走った。
琥珀色の光が集まり、絡み合い、まるで液体が固まっていくように輪郭を作り始める。
「……これは……」
ミスティアが杖を構え直す。彼女の声には恐れよりも驚嘆が滲んでいた。
「酒気そのものが……形を持ち始めてる……?」
やがて現れたのは――巨人。
高さ5メートルを超える、琥珀の結晶を寄せ集めたような体躯。
全身は半透明で、中を揺らめく液体のような光が脈動している。
顔にあたる部分は空洞で、そこにたゆたうのは黄金の泡。
見るだけで酔いが喉奥にこみ上げるような、圧倒的な存在感だった。
「……もう一体のガーディアン……伝承酒を護る本物の守護者……」
ミスティアが低く呟いた。
その瞬間、広間全体に「ゴウッ」と酒気の風が吹き荒れる。
鼻を突くのは、熟成されたウイスキーのような甘く焦げた香り。
空気を吸い込むだけで肺が熱を帯び、視界が揺れる。
「うぅっ……やば……これ、立ってるだけで酔う……!」
わたしは金棒《酔鬼ノ号哭》を地面に突き刺し、必死に気を保つ。
「伊吹、気をしっかり! こいつ……普通の魔物とは違う!」
クラリスがフェリシアを構える。瞳は鋭いが、額には早くも汗が滲んでいた。
ガーディアンが腕を振るう。
その軌跡から弾け飛んだのは、液体化した琥珀の破片。
床に触れた瞬間、蒸気のような酒気が噴き出し、酔いの波を広間に広げていく。
「くっ……《泡沫魔法・零式:エアボム》!」
ミスティアが咄嗟に炭酸の膜を展開。
しゅわしゅわと立ち昇る泡が酒気を押し返し、ほんのわずかに視界が確保された。
だが――。
ガーディアンはその泡を無視するように、ずしん、と歩を進めてくる。
床石が割れ、酒樽を叩くような低い轟音が響いた。
「……こいつを超えなきゃ、あのお酒には辿り着けないってわけね」
クラリスが歯を食いしばり、剣を構え直す。
「いいじゃん……! 飲みたきゃ戦えって、酒神らしい試練だ!」
わたしは笑い、瓢箪を傾ける。
赤い玉のように濃い葡萄酒を喉へ流し込む――甘い熱が血を駆け上がる。
「《力上昇・クリムゾンフォーム》!」
全身が灼けるように熱くなる。
重いはずの《酔鬼ノ号哭》が、腕に馴染むように軽く感じられた。
「いくぞ……!」
わたしの声を合図に、三人は同時に動き出した。
琥珀色の巨人との死闘が、いま幕を開けた――。




