泡鳴神殿・ガーディアン戦
――足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
神殿の最奥は、まるで時の流れそのものが止まったような静寂に包まれていた。
中央には巨大な石壇、その上に鎮座するのは――琥珀色の光を孕んだ結晶樽。
「……あれが」
わたしが息を呑む。だが、次の瞬間――
ゴゴゴゴゴ……！
石壇の影が揺らぎ、結晶樽を囲むように立ち上がった。
岩の巨人。いや、酒樽を鎧のように背負った巨躯。
その両腕は滲む琥珀色の液体で覆われ、拳を振るうたびに甘く焦げたような酒気がほとばしる。
「ガーディアン……！」
クラリスが剣を抜き、フェリシアが青白く唸りを上げる。
「魔力反応……強大です。おそらく、伝承酒そのものを守護する存在……！」
ミスティアの声は震えていた。
巨人の瞳が琥珀色に輝き、地響きとともに動き出す。
振り下ろされた拳――地面が砕け、石片が雨のように降り注ぐ。
「くそっ……でかすぎる！」
わたしは金棒《酔鬼ノ号哭》を抜き、瓢箪を開いた。
「《俊敏上昇・ホワイトフォーム》！」
白ビールの淡い泡が喉を滑り落ち、脚が軽くなる。
わたしは巨人の間合いを飛び抜けるように走った。
「クラリス！ 右から！」
「わかってる！」
クラリスの剣が閃き、《閃律剣・ラピス》が走る。
鋭い旋律を刻む斬撃が巨人の腕を裂く――が、琥珀色の液体がすぐに傷を塞いだ。
「再生する！？ 厄介ね！」
巨人が吠えた瞬間、周囲に酒気の霧が撒き散らされた。
吸い込んだだけで、頭がぐらりと揺れる。
「っ……これ、やば……！」
「酩酊効果です！ 意識を持っていかれます！」
ミスティアが杖を掲げる。
「《泡沫魔法・零式：エアボム》！」
炭酸の衝撃波が霧を押し返し、視界を取り戻す。
「助かった！ 今度は――こっちだ！」
わたしはもう一口、赤い玉のワインを流し込む。
「《力上昇・クリムゾンフォーム》！」
血が熱を帯び、金棒が火花を散らす。
巨人の足元へ飛び込み、渾身の一撃――。
「《酒技・酔乱槌》ッ！！」
轟音とともに岩脚が大きく抉れる。
「ミスティア！ 拘束を！」
「はい！ 《泡沫魔法・滑層：スリップフォーム》！」
床が泡立ち、巨人の巨脚が滑って体勢を崩す。
「クラリス！」
「《閃律剣・クロッカ》！」
旋律が高鳴り、光刃が十字を描く。切り裂かれた琥珀の鎧が悲鳴のようにきしむ。
巨人が膝をつく――が、その胸奥で琥珀色の光が脈動し、再び再生を始めた。
「まだ……倒れてない！？」
「核を破壊しなければ再生を続けます！」
琥珀の巨人が咆哮し、拳を天へ振り上げる。
天井の石が砕け、酒気の雹のような破片が降り注いだ。
「これ……限界まで来てるな……！」
わたしは口角を吊り上げ、瓢箪を強く握る。
「行くよ二人とも！ これがラストだ！」
二人が同時に頷く。
酒と剣と泡――三つの力が再び重なろうとしていた。
