泡鳴区拠点にて、酔い醒ましの夜
泡鳴神殿から帰還した私たちは、泡鳴区の拠点へと戻っていた。
体中にまだ“酒の霧”の余韻が残っていて、足取りはふらふら。
けれど屋根の下に帰り着いた瞬間、その疲労はふっと解ける。
「……生きて帰ってきた、って実感するわね」
クラリスが椅子に腰掛け、ふうと長い息を吐いた。
鎧を脱ぎ捨て、髪を後ろで束ね直す姿は戦場の剣士からただの女の子に戻ったようだった。
「……頭がまだ、くらくらします」
ミスティアはカップを両手で抱きしめている。
中身は彼女の好物――炭酸水にミントを浮かべたもの。
戦場での魔法の名残を洗い流すように、ちびちびと口にしていた。
私はといえば、ソファに大の字。
背中にまだ《酔鬼ノ号哭》の感触が残っている気がした。
「ふぁぁぁ……勝ったのは嬉しいけど、正直、酒に負けそうだったな……」
思わず笑う。戦った相手は魔物なのか、酒そのものなのか、よくわからないままだった。
――でも。
「伊吹、最後に言ってたこと……本気なの?」
クラリスが真剣な顔でこちらを見た。
「……奥に、まだあるってやつ?」
「そう。あの霧の奥に“琥珀色の光”。もしあれが本物なら……」
彼女は言葉を切る。
「……酒神の秘蔵酒かもしれません」
ミスティアが静かに補足する。
「ただのお酒ではありません。酩酊竜よりも深く、長く、この地に根付いている……伝承級の存在です」
私は一瞬、息を呑む。
そして、唇の端が自然と上がった。
「決まりだね」
「ちょっと待って。決まり、って……!」
「行く? あの奥へ」
「伊吹、無計画すぎる……」
クラリスは頭を抱えた。
けれどその顔には、どこか笑みも混じっていた。
ミスティアもカップを置き、静かに頷いた。
「準備が必要です。もう一度、銘柄ごとの効果を整理し、戦い方を見直すべきでしょう」
「うん、わかってる。けど……」
私は窓の外を見やった。
泡鳴区の夜、星々が街の灯りに負けず瞬いている。
「心臓がさ。あの“琥珀色の光”を見た瞬間から、ずっと高鳴ってんだ」
――きっとあれは、この世界でしか飲めない、本物の酒だ。
絶対に、この喉に通す。
そう決意しながら、私は背伸びをした。
「さて、と。とりあえず今日は休もう。二日酔い上等、明日に備えてたっぷり寝る!」
「……また二日酔いになるつもり?」
「伊吹さんらしいです」
笑い声が、拠点のリビングに広がった。
夜は穏やかに更けていく。
けれどその奥に、確かに“次の挑戦”の予感が眠っていた。




