泡鳴区に潜む異変
――その報せは、ある晩のギルドに舞い込んだ。
「泡鳴区の東側で、“異常酩酊地帯”が発生しているらしい」
掲示板に新しく貼られた依頼書に、ざわりと周囲の冒険者たちの視線が集まる。
その文面には、にわかには信じがたい言葉が並んでいた。
依頼書の抜粋
・現地で確認された現象
― 空気を吸うだけで酔いが回る
― 見たことのない幻影が周囲を徘徊
― “酒の精”のような存在に追われた
・すでに二組の冒険者が未帰還
・安全確保が困難なため、調査依頼は一時中止扱い
「空気だけで酔う……って、なんだよそれ」
「酔い潰されて帰ってこれないとか、冗談だろ」
「二組戻らないってことは……相当ヤバいぞ」
冒険者たちの間に、不安と嘲りが混じる。
それも無理はない。依頼は難易度【Bランク相当】に格上げされていた。
「……ふむ。これは、もしかすると“泡鳴神殿”跡地の影響かもしれません」
隣で依頼書を読んでいたミスティアが、ぽつりと呟く。
クラリスが眉をひそめる。
「泡鳴神殿……? 聞いたことある?」
「泡鳴区がまだ小さな村だった頃、酒神を祀っていたという古い神殿です。
数十年前に崩壊して放置されているはずですが……まさか、魔力が残滓となって暴れているのでは」
「酒神の……残滓」
私は喉を鳴らした。背中の《酔鬼ノ号哭》が、やけに重たく感じる。
――空気だけで酔う領域。
――酒の精みたいな幻影。
それはまるで、私を呼んでいるみたいじゃないか。
「伊吹、まさか受ける気?」
クラリスがじろりと睨む。
「まさかじゃなくて、当然。行くしかないっしょ」
「根拠は?」
「だって、“お酒の精”だよ!? 会わない理由がない!?」
「伊吹、基準がおかしい……」
ミナさんがカウンターの奥から苦笑しつつ言う。
「……でも、この依頼を受けるパーティーは、今のところ誰もいないんです。挑むなら、あなたたちくらいしか……」
ざわめきの中、クラリスが小さく息をつき、ミスティアが杖を握り直す。
私はにやりと笑って、依頼書にサインした。
「決まり。《酔いどれ旅団》が、“異常酩酊地帯”をぶち抜いてやる!」
その瞬間、ギルドの空気がひときわ騒然とした。




