ドワーフの酒宴
戦いは終わった。
いや、正確には、酒の力で終わらせた。
今や鉱山の広間は、鉄と石の匂いではなく――麦芽と焙煎の甘く香ばしい匂いで満たされていた。
「よしッ、こっからは“勝負”じゃねぇ、“宴”だ!」
グラン=バルムが豪快に笑い、肩から下げていた樽の栓を抜く。
途端に、濃く甘い香りが辺りに広がった。
黄金色の液体が木のジョッキに注がれ、泡がふわりと盛り上がる。
「……香りが、甘いのに深い」
ミスティアが鼻を近づけ、うっとりと目を細める。
「これがドワーフのエールだ。濃く、長く熟成させてるから、麦の旨味が舌の奥まで響く」
グラン=バルムが胸を張る。
私は待ちきれず、一気に喉へ流し込む――。
濃厚な麦の甘みが舌を包み、次に微かな苦みが後を追い、喉を通る瞬間に熱が腹の奥へ落ちていく。
あぁ……これは、酒だ。
「うんまっ……! これ、チビチビなんて飲めるかよ!」
「伊吹、もう顔が蕩けてるわよ……」
クラリスが呆れながらも笑っている。
そこへ、木のテーブルいっぱいに並ぶ料理が次々と運ばれてきた。
鉄鍋ごと置かれた肉の煮込みは、香味野菜とスパイスの香りが湯気に乗って漂う。
スプーンですくえば、ほろほろと崩れる柔らかさ。
熱々の表面を割ると、肉汁が溢れ出し、エールの麦の香りと混じって胃袋を直接刺激する。
「これは……鹿肉?」
「山で獲れた赤鹿だ。エールで煮込んでるから、臭みもなく柔らかい」
ひと口かじれば、肉の繊維がほぐれ、甘い脂が舌を包む。それを追うように、エールの苦みが全体を締める。
――最高のペアリングだ。
さらに、鉱山名物の“石窯パン”が出てくる。
外はカリッと香ばしく、中はもっちり。
バターと岩塩を塗って頬張れば、小麦の香りと塩気が舌で弾け、また酒が欲しくなる。
「これは……なに? 芋じゃない?」
クラリスが不思議そうに箸でつまむ。
「岩茸だ。鉱山の岩肌に生えるキノコでな、採るのに命懸けだが――味は保証する」
ひと口かじれば、肉厚でぷりっとした歯ごたえ。
噛むほどに染み出す旨味と、燻製による香ばしさが口いっぱいに広がる。
ほんのりとした苦みが後を引き、エールの麦の甘みをより一層引き立てる。
「……これ、酒が止まらなくなるやつだ……!」
私はジョッキを持ち上げ、そのまま一気に流し込んだ。
その後も私はジョッキを片手に、鹿肉の煮込み、石窯パン、岩茸と、ひたすら口と胃を往復。
気がつけば――。
「……ふははっ、見てクラリスぅ、これがっ……“麦と肉の無限ループ”……だっ!」
「……もう滑舌が怪しいわよ」
「わ、私は……大丈夫です……よ?」
ミスティアも視線がとろんとしていて、耳が真っ赤だ。
「クラリスも、もっと飲も!一緒に酔おうよ!!」
「はいはい、遠慮なく飲むわよ」
クラリスも珍しく豪快にジョッキを傾ける。
「もう一回乾杯だぁぁーー」
ジョッキを高く掲げるが、立ち上がった瞬間、ぐらりと世界が傾いた。
「うぉぉ、床が波打ってるぅ……さすがドワーフの……エール……っ」
「伊吹、座って! こぼす!」
クラリスが慌てて肩を掴む。
「ふふ……伊吹さん、顔が……可愛いです……」
ミスティアがくすりと笑う。
そんな様子を見て、グランが豪快に笑った。
「ははは! いい飲みっぷりだ。だが――この世界にはな、“もっと深く、もっと強い酒”が眠ってる」
「もっとつよ……ぃ? 飲む……飲むぅ……!」
「琥珀色でな、樽の奥で何十年眠った酒だ。滅多に樽は開けねぇが――飲めたら、おまえは本物だ」
「ちなみに……“火霊の雫”はあるの?エルフに聞いたんだけど?」
「あるにはあるがまだ樽を割る時期じゃない。そのときになったらまた来な!歓迎するぜ!!」
その言葉は、酔いの霞を突き抜けて胸に刻まれた。
“火霊の雫”そして琥珀色のお酒。
――その一杯を、この喉に通す日を必ず迎えて見せる。
湯気と香り、酒と笑い声に包まれながら、夜はゆっくりと更けていった。
ここで飲む一杯一杯が、異世界に来た意味を教えてくれる――そんな気がした。




