ドワーフとの戦い 〜戦いは酒の香りと共に〜
グラン=バルムは腰の樽を置き、代わりに肩のハンマーを構えた。
その瞬間、鉱山の入口の空気が一気に張りつめた。
周囲の岩肌が低く響き、金属音がどこか遠くでこだまする。
「人間。口じゃなく腕で証明しろ」
「望むところだ!」
私は背中の《酔鬼ノ号哭》を引き抜いた。
鉄塊にも見える金棒が地面を擦り、火花を散らす。
クラリスが一歩下がり、「……無茶はしないでよ」と呟くが、もう遅い。
血が騒いでいる。いや……酒が騒いでいる。
「で、どっちが先に動くの?」
「……こういうのは――先手必勝だ!」
グラン=バルムが地を蹴った瞬間、岩壁がどん、と震えた。
低い体勢から放たれる突進は、まるで小型の戦車。
ハンマーの一撃が、地面を抉り、土煙が舞い上がる。
「おっとと……! さすがドワーフ、パワーやべぇ!」
私は後方へ飛び退き、腰の瓢箪を掴む。
瓢箪を開く、中にはどろりと濃く赤い液体だ。
光を透かすと、真紅というよりは深紅――熟した葡萄を煮詰めたような濃さ。
鼻を近づければ、甘く芳醇な香りが鼻腔を満たす。
――そう、赤い玉のように濃く甘い、葡萄酒。ワインだ!
「……それは、かなり古い酒だな」
グラン=バルムの声がわずかに低くなった。
一口――舌に乗った瞬間、蜜のような甘さが広がり、喉を抜けると同時に熱が駆け上がる。
全身を駆け巡るのは、甘美な熱と鼓動の加速。
「《力上昇・クリムゾンフォーム》――発動!」
次の瞬間、血管を駆け抜けた熱が筋肉に火を灯す。
金棒《酔鬼ノ号哭》の重みが羽のように軽く感じられた。
足裏が岩を踏みしめるたび、地面がわずかに沈む感覚すらある。
「……ほう、目つきが変わったな!」
グラン=バルムがニヤリと笑い、ハンマーを大上段に構える。
――ドンッ!
互いの武器がぶつかった瞬間、岩肌が悲鳴を上げた。
衝撃で砂埃が舞い上がるが、私はそのまま押し切る。
酒が燃料になって、一振りごとに力が増していく。
「ぐっ……重い!!」
「これが――酒の力だッ!」
押し返されたグラン=バルムの瞳が、一瞬、驚きに見開かれ、そして笑みに変わった。
「……面白ぇ! そんな酒の使い方、見たこともねぇ!」
「酒は力! 人生の燃料!!」
「気に入ったァ!」
私は金棒を肩に担ぎ、ニヤリと笑い返す。
「じゃあ、仲良くなるしかないな。あんた、絶対いい酒持ってるだろ」
「ははは! 決まりだ、人間! この勝負のあとは、俺の樽を開けようじゃねぇか!」
――こうして、戦いは宴の始まりに変わった。




