鉱山の香り、酒樽の香り
エルフの集落を後にして二日後。
私たちは鉱山の町へ向かっていた。目的はもちろん――「酒」
「伊吹、本当にそんなに急ぐ必要あるの?」
「ある! だって、ドワーフの酒だよ!? 濃厚、芳醇、度数強め、三拍子揃った夢の液体!」
「声が大きい……」
クラリスがこめかみを押さえる。
「……でも、私も興味はあります」
ミスティアは少しだけ笑みを浮かべた。
町に近づくほど、空気に鉄と土の匂いが混じる。
地面は岩肌が露出し、周囲の山肌には鉱山の坑道が口を開けていた。
ゴンッ、ゴンッ、と地面を通して響くのは金属を打つ音。
「ここが……ドワーフの鉱山」
坑道の入口は、岩肌を削って作られた巨大なアーチ状。
木製の櫓には見張りが立ち、槌音が奥から絶え間なく響いてくる。
「まるで街そのものが岩に埋まっているみたいですね」
ミスティアが目を細める。
「防御にもなってるわね」
クラリスが周囲を見回した。
――その時。
「おい、そこの三人! 止まれ!」
その中から、太い声が響いた。
低く響く声と共に、坑道の影から現れたのは、私の腰ほどしかない背丈の男だった。
だがその体は丸太のように太く、肩には鉄の塊みたいなハンマー。
腰には……小さな木樽がぶら下がっている。
「……あれ、酒樽じゃね?」
「伊吹、第一印象がそれってどうなの」
クラリスが即ツッコミ。
「だって見てよ、あのサイズ感……絶対いい酒入ってる」
「……否定はしません」
ミスティアが小さく頷いた。
男はじろりとこちらを見据えた。
真っ赤な髭が胸まで垂れ、目は琥珀色にぎらりと光っている。
「人間がこんな山奥で何をしてやがる。観光か、それとも鉱石泥棒か」
「違う違う! えっと……通りすがり、かな?」
「通りすがりが鉱山の入り口にまで来るかよ」
「……酒目当てなら来ます」
「伊吹……」
クラリスがため息をつく。
男は一瞬、目を細め――ふっと鼻で笑った。
「……ほう。酒がわかる口ぶりだな」
腰の樽を軽く叩くと、コトン、と低い音が響く。
「俺の名はグラン=バルム。この鉱山で一番の酒職人だ」
「伊吹! 酒飲みには自信ある!」
「ふん……口だけじゃねぇだろうな?」
その目は、試すように光っていた。
岩壁を背に、鉱山の入口で赤髭の男と向かい合う。
「……面白ぇ。人間、力と酒の腕、両方見せてもらおうじゃねぇか」
坑道の奥から吹き抜ける風に、麦と焙煎の香りが混じった。
私の喉が、自然と鳴った。
――次に響いたのは、鉄と酒がぶつかる予感だった。




