幻の一杯、その名は“火霊の雫”
エルフの食卓を平らげ、腹も心も満たされた頃。
卓の上には食べ終えた皿が積まれ、琥珀色の果実ゼリーがわずかに光を反射していた。
「……案外、静かに食べるのね」
レイリナが木の杯を揺らしながら言う。
「いつもの伊吹にしては」
クラリスが頬杖をつく。
「いや、旨すぎて喋る暇がなかっただけだって」
森の夜風が窓から差し込み、甘く湿った香りを運んでくる。
その香りの中で、レイリナは杯を置き、ふと視線を遠くに投げた。
「……あんた、酒好きなんだろう」
「まあね。ていうか、生きがい?」
「なら、一つだけ教えてやる」
翡翠色の瞳が、焚き火の残り火に揺れた。
「この森の外……山脈の麓に、古の酒を守る一族がいる。
“火霊の雫”と呼ばれる酒だ。百年に一度しか造られず、飲んだ者は三日三晩、酔いと恍惚の中を漂うと
言われている」
「なにそれ……もう名前だけで美味い」
「それを造るのはドワーフ族。だが彼らは頑固で、外の者に酒を渡すことは滅多にない」
「……おお、燃えてきた」
私の胸が高鳴るのを、クラリスが呆れ顔で見る。
「伊吹、あんた絶対面倒ごとになるわよ」
「面倒くさくても飲む。飲むためなら山も越える」
レイリナは小さく笑みを浮かべた。
「その心意気があれば……もしかしたら、口をきいてくれるかもしれない」
杯の中の果実酒を飲み干し、私は心に刻む。
――次の目標は決まった。
森の外、ドワーフの里。その“火霊の雫”を飲む。




